事実、16年の名古屋店に続き、毎年1店ずつの新規出店のルールに縛られるかのように、17年には福岡店をオープンさせた。西日本最大の歓楽街である福岡・中洲エリアに店を構えたものの、周辺の飲食店の賃金相場を勘案しなかった。明らかに低い時給で従業員を確保しようとしたため、フーターズ・ガールの確保さえままならなかった。無理な出店が社員教育の不十分さやサービス低下につながっていった点は否めない。福岡店がわずか1年2カ月での閉店を迫られたことで、金融機関向けを中心とした負債が一気に膨らみ、破綻の引き金になった。

 一連の民事再生の手続きを経てこのほど、外食事業を展開する豊田産業(愛知県刈谷市)グループがフーターズの新たな運営会社になっている。店舗の営業は続けており、従業員の雇用も原則維持。見かけ上は何も変わっていない。

豊田産業グループがフーターズの受け皿会社になった。ハイペースでの出店は念頭にないという。(写真=AP/アフロ)
豊田産業グループがフーターズの受け皿会社になった。ハイペースでの出店は念頭にないという。(写真=AP/アフロ)

 豊田産業の西堂洋一執行役員事業部長は、これまでの経緯を踏まえ「まずは既存店の黒字化のためにフーターズの魅力を再発掘していく作業から始めたい」と話す。

 もちろん、これまでエッチジェーがやってきたようなハイペースでの出店は、念頭にないという。エッチジェーが苦しんだ約束事についても「経営上の足かせにならないようにする」とし、新規出店の際にはその都度、米社側と丁寧な協議をしていく考えだ。

 勇敢に攻めることだけが正しいとは限らない。新しい領域に踏み出し続けることが正解とは限らない。10年足らずの間に起きたフーターズの栄枯盛衰は、新規事業を展開するにあたってそんな「教訓」を残したといえる。

日経ビジネスの6月24日号特集「新規事業という病」では、新しいことが「目的」になってしまった会社の迷走パターンをまとめた。