
1979年、早稲田大学卒、日本開発銀行入行。同行設備投資研究所、在パリOECD経済統計局、在米ブルッキングス研究所、一橋大学経済研究所などを経て2007年10月に日本政策投資銀行設備投資研究所長。12年4月から一橋大学教授。
ガバナンスを巡り、LIXILグループが混乱しています。問題点はどこにあったとみていますか。
花崎正晴・一橋大学教授(以下、花崎):創業家出身の潮田洋一郎氏と、前最高経営責任者(CEO)の瀬戸欣哉氏の動向ばかりがフォーカスされていますが、社外取締役が果たした役割について注目すべきです。
本来、社外取締役は独立した立場から、会社の企業価値を高めるために「会社はどのような企業戦略をすべきか」「そのためにどのような経営陣が良いか」を決める重要な役割を担っています。
例えば、社外取締役が主導的役割を果たすべき指名委員会。今回の問題では、指名委で創業家出身の潮田氏がリーダーシップを発揮し、CEOだった瀬戸氏を解任したとの趣旨の報道がありますが、指名委の中で社外取がどう考えていたのかがはっきり見えません。社外取が前面に出てきていないのが問題です。
一方で、良いこともありました。物言う株主である投資家が、この問題について不満を言い始めたことです。経営陣の人事について、LIXIL側と瀬戸氏ら株主側が対立し、経営を巡る主導権争いが続いています。しかし、これはある意味、お互いがガバナンスの考え方についての主張をぶつけあっているとも言え、この動き自体は悪いことではありません。こうした争いはガバナンスの正当な動きの一つでもあると言えます。
そもそも日本企業のガバナンス体制をどう評価しますか。
花崎:日本企業は、ガバナンスコード(統治指針)に書いてあることを実行してきています。今の制度では、コードを「実行する」か、もしくは「実行しない場合は理由を説明する」ことになっていますが、日本の企業の多くは実行しているので一定の評価ができます。
実は日本がガバナンス制度で参考にした欧州では、多くの企業がコードを完全に実行しているとは言い切れません。ドイツではすべてのコードを実行している企業は全体の4分の1ぐらい。日本ではほとんどすべての上場企業が実行している。役所から言われていることもあってか、「実行しないといけない」という感覚が強いのでしょう。
でも、ガバナンスを強化するために社外取締役を採用するには相応のコストがかかります。コードを実行しなくてもその理由を合理的に説明できればいいわけですから、コードをどこまで実行するかで企業間にばらつきがあってもいいはずです。むしろ、コードを実行しない、という会社が増える方がガバナンスを考える上では健全ではないでしょうか。
日本はガバナンスについて「形だけ整えばいい」という意識が強いように思います。それがコードを実行している企業が多い理由の一つと言えます。でも、形だけ整えても機能しない会社が多いことは、今回のLIXILの問題で浮き彫りになりました。
株主、経営者双方の利害を一致させるにはどうしたらいいのでしょう。
花崎:企業は、株主の利益と経営者の利益だけではなく、もう少しステークホルダー(利害関係者)を広くとらえるべきだと思います。例えば、温暖化問題。ビジネスによって温暖化ガスの排出も増えています。企業が活動する地盤となる社会のサステナビリティー(持続可能性)を考えることは重要な視点であり、企業はこの問題についてきちんと向き合うべきだと思います。
社会や人類、もっと言えば、将来生まれる子孫もステークホルダーとしてとらえるべきです。最近は、E(環境=Environment)、S(社会=Social)、G(ガバナンス=Governance)に着目して投資するESG投資が増えています。企業はもっと投資家によるESG投資を通じてこうした問題に取り組むべきだと思います。
ガバナンスを考える上で重要なのは、まずは企業が自分たちの経営方針を明確にして利益を追求することではないですか。
花崎:確かに利益は会社の存続のために大切です。しかし例えば、温暖化問題が深刻ではない時代ならよいのですが、今は温暖化が実際に進んでいて、喫緊の問題となっています。そこで企業は温暖化問題をビジネスにどううまく取り入れるかという工夫、発想が必要です。言い換えれば、経営者はESGへの取り組みを積極的に進めた上で、自分のビジネスにつなげることが求められていると思います。
ESGへの取り組みが盛んになれば、投資家も評価をするし、その企業の株も買ってくれるようになり、そうすれば株価も上がります。欧州はこうした取り組みをする企業が多いですが、米国でもESG投資への関心が増えています。日本でも経済的な要素だけでなく、社会のサステナビリティーをどうしていくかを一つの企業ガバナンスの指針にすることが必要です。
日経ビジネス2019年6月17日号の特集「正しい 社長の辞めさせ方」では究極のコーポレートガバナンスとも言える、正しい社長の辞めさせ方を考えた。
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