創業家一族が株を持ち、経営も担ってきた同族企業では、強いリーダーシップを発揮しやすいメリットがあるものの、世代を重ねるほど関係する親族が増えていくという難しさがある。立場も考えも違う親族を取りまとめていかなくてはいけない。同族企業の経営者たちに話を聞くと、ファミリー内のコミュニケーションに何よりも心を砕かなければ会社は立ち行かなくなるとの意見が相次いだ。

エステーの鈴木喬会長は家族とこまめに連絡を取ってきた(写真:北山宏一)
エステーの鈴木喬会長は家族とこまめに連絡を取ってきた(写真:北山宏一)

 「なるべくコミュニケーションを取りたいと思っていましてね」。エステーの鈴木喬会長は、同社を創業した長兄誠一氏や次兄明雄氏を含む親戚との付き合いを、通算12年務めた社長時代から意識的に大事にしてきたという。「私、非常によく電話をしたり、何かやっていましたよ」

 ファミリーとしての行事も大事にしている。歴代社長を務めてきた兄たちが「口出ししないで黙って見守ってくれていることのお礼」という。

 だが、お礼以外の意味もあった。「日本の経営評論家だとか、経営学者だとか、みんなきれいごとを言っているけど、自分で経営者をやったことはないんですよね。意味がないように見えるかもしれないんだけど、これ、安定株主対策なんですよね。これが一番重要なんですよ」

派閥ができないようにした

 日本企業の多数を占める同族企業。強みもあるが特有の弱点もある。特に深刻になりやすいのは家族を巡る問題だ。大塚家具のように親子で対立してお家騒動となるケースは珍しくない。慶應義塾大学の奥村昭博名誉教授は「本来の企業価値に関係ないファミリーの内紛が多い」と話す。

 小林製薬の小林一雅会長は「同族同士で派閥ができる可能性がある」と指摘する。2004年に弟である豊氏に社長業をバトンタッチして会長になったが、「絶対に派閥ができないように、ものすごく気を使った」という。

 週1回1時間、一雅氏、豊氏、一雅氏の息子で現社長の章浩氏と、役員1人を入れたミーティングを開き、重要な課題を話すようにしていた。感情的にも「お互いが立て合って、相手を傷つけないように気を付けていた」と振り返る。

 「同族経営の一番のメリットは、覚悟です。覚悟がなければ執念が生まれないし、執念というのは危機感と裏腹。危機感がないやつは、どんなビジネスをやってもダメですよ」。松井家の婿養子として松井証券の経営を継承した松井道夫社長は、同族経営の利点を説明してくれた。

松井証券の松井道夫社長。長男にも覚悟を求める(写真:竹井俊晴)
松井証券の松井道夫社長。長男にも覚悟を求める(写真:竹井俊晴)

 「一朝一夕に覚悟なんて出てきません。いい面も悪い面も含めて、少なくとも社長になったら自分の人生は会社と一蓮托生だけど、社員に『そのくらいの覚悟を持て』と言ったって無理でしょう。でもファミリーだったら、『ごめんな、ほかのことをやったっていいけれども、1回やると決めたら、お前覚悟決めろよ』と言い渡すことが出来る」と話した。

 松井証券には松井氏の長男が昨年4月に入社した。「言葉じゃなくても何となくそういう空気がある。そのなかで育っているのといないのでは、覚悟を持てるかどうかが違う」。同族企業を所有、経営するファミリーに生まれることは「宿命」だと指摘する。

 普段、経営論や経営哲学を2人で話すことはないという。だが「同族経営」がテーマの今回の取材には長男を同席させた。松井氏は「こういう話は『お前ちょっと座れ』と言ってするものではない。でも、おやじってそういう風に考えているのかとか、そこはやっぱり違うとか、こういう話を聞くことは彼にとっても覚悟を持つうえでいいこと」と説明する。機会を捉えてコミュニケーションをとろうとしているようだ。

日経ビジネス2019年6月10日号の特集「知られざる実像 同族経営」では、日本企業の多くを占めるファミリービジネスの強みと課題に迫った。

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