めまぐるしく変化する消費者指向や競争環境のなか、いかに新規事業を立ち上げて、軌道に乗せるかは、経営者や起業家にとって大きな課題である。

 このテーマにひたすら取り組んできたのが、静岡県浜松市にある光産業創成大学院大学で特任教授を務める宇佐美健一氏だ。宇佐美氏は慶應義塾大学大学院卒業後の1984年に自らマーケティング会社を共同で設立し、大手電話会社や大手食品メーカーなどの新規事業のサポートや、ベンチャー企業の経営コンサルティングなどを手掛けてきた。その後、自らの経営経験を学術分野で生かすため、山形大学や光産業創成大学院大学などで大学発ベンチャーの事業計画作りや、企業戦略構築に関わっている。

 新規事業一筋に歩みを続ける宇佐美氏に、自らの経験に基づく事業化の立ち上げ時の課題や成功の条件を聞いた。

(聞き手は斉藤真紀子=フリーランスライター)

企業の新規事業開発で、どのような問題が見受けられますか。

光産業創成大学院大学特任教授の宇佐美健一氏
光産業創成大学院大学特任教授の宇佐美健一氏

宇佐美:イノベーションを図りたいのに、画期的で、誰も見たことがないような製品やサービスにつながるアイデアが生まれにくくなっています。企業の新規事業開発でそうした葛藤を抱えるケースは非常に多いようです。

画期的なアイデアを出すのはそもそもハードルが高いものだと思います。企業ならではの、新しいアイデアが生まれにくい要因はありますか。

宇佐美:どうしても既存顧客を対象に考えてしまうことです。自分たちにとって、ある程度土地勘がある、いわゆる「読める市場」に狙いを定めてしまうからでしょう。

市場が限定され、アイデアが偏ってしまう傾向

 企業が発想を生み出すため、ヒントにしている方法はいくつかあります。たとえば「カスタマージャーニー分析」という方法です。これは顧客が商品について、関心を抱き、購入し、利用するといった時系列のステップで行動や心理を追っていきます。

 また「ジョブ理論」は顧客が商品を使って、どんなことを成し遂げたいか(ジョブ)、何を解決したいかを発見していきます。

 あるいは「デザイン思考」。デザインに必要な設計や思考の手法を用いて、顧客に対する観察やヒアリング調査を通じて発見し、商品を開発します。

 これらの手法は「企業側」ではなく、「顧客の視点」を重視している点で評価できます。ただし、どちらかというと既存の顧客中心にターゲットを設定しているため、市場が限定され、アイデアが偏ってしまう傾向があります。

すべての人の「生活時間全体」を対象にする

こうした、新しいアイデアが生まれにくい状況を打破するためにも、以前の記事でご説明いただいたように、シーンクリエイト法を提唱されていらっしゃいますね。

宇佐美:そうです。顧客が商品をどのように知り、購入し、使っているかを観察する手法とは異なり、シーンクリエイト法はすべての人の「生活時間全体」を対象にして、そこからアイデアを出していくので、これまでのブレーンストーミングの活用方法とは異なります。

 縦軸には、朝起きてから、夜寝るまで、個人のさまざまな生活シーンを思いつくままに挙げます。対する横軸には、自社などで可能な新しい技術、将来のトレンドが可能にすることや「できたらいいな」を考え、縦と横が交差する部分でどれだけ価値のある生活シーンを新しくつくることができるか、どれだけたくさんのシーンで交わることができるか、というアイデアを出します。

 一橋大学名誉教授の伊丹敬之氏が従来のイノベーションについて「(技術革新等の結果として)新しい製品やサービスを創り出すことによって人間の社会生活を大きく変革すること」と述べています。今後のイノベーションは「製品やサービス」の代わりに「新しい生活シーン」を創ることに重きが置かれ、その手段として製品やサービスが使われる、という発想の違いがあります。

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