全2271文字

その場合の人間とは何ですか。

石黒:何が人間を人間たらしめるのかはまだ分かっていない、というのが答えになります。400年前にフランスの哲学者デカルトが残した「我思う、故に我あり」という命題のように、人間の定義を考え続けるのが人間なのかもしれません。

 スマホやコンピューターを脳活動の一部ととらえれば、今後、人間の機構はより複雑になっていくでしょう。生身の人間の寿命は最長で120年程度ですが、人間が全面的に機械化されればハードウエアの耐久性能次第で1万年だって生きられます。1万年の寿命を持つ人間の機構はさらに複雑になり、把握しづらくなります。

 人間とは何かという命題は、永遠に続くとさえ思えてきます。もしも将来「我」が何であるか分かったとしても、何かほかの根源的な命題を追い求め始めるのではないでしょうか。

石黒氏にそっくりのロボット(写真:大阪大学)

1万年も生きる人間ですか……。

石黒:壊れない体にしないと、人類は滅亡しかねません。太陽や地球に異変があったらどうするのですか。地球規模の天変地異にも耐えられるよう、宇宙空間で生きられるようロボット化した人類が登場するはずです。

人間の体が機械化したとき、人類は1つの総体に統合されるのでしょうか。それとも個人という概念は残るのでしょうか。

石黒:個人の概念は残ると思います。生物の進化を考えれば、多様な個体の中で環境への適応力が高いものが生き延びてきました。この進化のメカニズムは、人間が機械化されても残ります。ハードの耐久性能が半永久的に延びても、より生存に適したソフトを求めて、多様な個体が生まれるはずです。ほかより優位な個体は自分に似た個体からなる社会を形成し、ほかの社会を凌駕(りょうが)していくでしょう。

生身からロボットの人間へと移行する過程で、映画「ターミネーター」のようなロボットが登場し、生身の人間を殺戮(さつりく)し始めるという危惧はありませんか。

石黒:10万年先の問題を現在の価値観で考えても意味はありません。わずか七十数年前、戦時下にあった日本では、敵の兵士を殺すことが当たり前の価値観がありました。10万年先の価値観は想像すらできません。感染症を引き起こす生身の体はよくないから、できる限り排除しようという価値観が生まれていても不思議ではありません。