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 AI(人工知能)が実験から実用化の段階に入ろうとしている。「〇〇社、××事業にAI導入」。米グーグルやマイクロソフトなど世界のIT(情報技術)大手のみならず、日本でも多くの企業が次々にこうした内容を発表し、ニュースの見出しを飾る。

 しかし現状に危機感を持っている人物がいる。東京大学大学院教授の松尾豊氏だ。深層学習(ディープラーニング)研究の第一人者として知られる松尾氏は、日本でのAIの盛り上がりは「中身のないバブルで、いつはじけてもおかしくない」と警鐘を鳴らす。

 日経ビジネス5月20日号の特集「はじける? AIバブル 失敗の法則」では、日本企業のAI活用の実態に迫り、ソフトバンクなど先行企業の実例をもとに企業が陥りやすい落とし穴を検証した。

 イノベーションの「手段」のはずのAI導入が「目的」となった結果、生まれがちなのが開発しても「使えないAI」だ。華々しい実証実験開始のアナウンスの陰に、性能やコストなどの壁に突き当たる失敗事例が生まれている。一方、陥りがちな落とし穴を回避し、AI活用を軌道に乗せている事例も出始めている。一例が、音楽大手のエイベックスだ。

ライブ会場の感情をAIで可視化

 「投資は十分に回収できる」。エイベックスの新事業推進本部に所属する山田真一ゼネラルマネージャーは、AI(人工知能)活用の費用対効果に自信を見せる。「過度に期待せず、世にあるものをうまく使おうと考えた」(山田氏)のが成功の秘訣だった。

 エイベックスは2017年夏、ライブ会場の来場者の感情をAIで分析し、来場者の反応を数値化するシステムを開発。実証実験に乗り出した。曲順や演出を変更したときに来場者の反応がどう変わるかを客観的に評価し、イベントの満足度向上につなげられるとの触れ込みだった。

 それから2年弱。果たして実用化できたのだろうか。

 「感情を分析する実証実験を17年夏から1年間で50回ほどやってきた。それを基に、アーティストのツアーに同行するスタッフが使える簡易版のシステムを開発した。これからエイベックス所属アーティストのツアーに投入していく」。来場者の満足度向上などの具体的な効果を得るのはこれからだが、実証実験から順調に進んだと山田氏は振り返る。「外販用のシステムも開発した。ある劇場が19年から稼働させている」(山田氏)

2018年11月に都内のライブ会場で実証実験したときの様子。DJブースの両サイドにカメラを設置して観客を撮影した(写真=エイベックス)

 エイベックスが実証実験に取り組んだシステムは次のようなものだった。ライブ会場のステージの両側に高精細な4Kカメラを設置し、ステージ前にいる来場者を撮影する。その映像に映っている人たちの顔画像を切り出し、米マイクロソフトのAIで感情を分析する。それぞれの顔画像について「喜び」「悲しみ」「驚き」「軽蔑」など8種の感情の度合いを推定し、その瞬間の会場全体の感情を即座に数値化する。この処理を1秒など短い単位で繰り返して、時間の経過に伴う感情の変化を把握する。