年功賃金に合理性あり 清家篤・前慶応義塾長

<span class="fontBold">清家篤(せいけ・あつし)</span><br />慶応大学教授、商学部長などを経て、2009年から17年まで慶応義塾長。専門は労働経済学。現在は日本私立学校振興・共済事業団理事長を務める。
清家篤(せいけ・あつし)
慶応大学教授、商学部長などを経て、2009年から17年まで慶応義塾長。専門は労働経済学。現在は日本私立学校振興・共済事業団理事長を務める。

 「日本の年功賃金は異質だ」という議論には、強い違和感を覚える。年功賃金の下では、企業は働き手を企業の中で訓練し、能力が上がればそのリターンを受け取る。訓練費用とリターンを労使で折半する仕組みと言える。相当な経済合理性があり、賃金の上昇が成長につながるという意味でマクロ経済との整合性もとれていた。

 確かにグローバル化とバブル崩壊が重なり、企業はそれまでの「世帯主生活給」(世帯主1人で家族を養うことができるだけの給料)を払い続けられなくなった。急勾配だった賃金のカーブを緩やかにせざるを得なくなった。ただ、これはグローバルな経済の要請に応じて賃金構造が変わっただけ。「年功賃金だったから成長できなかった」「年功賃金が成長を阻害した」という論は言い過ぎであり、企業や政府当局者の言い訳にすぎない。

 もちろん、年功賃金の一部修正は必要で、中高年期の賃金をもっとフラットにしないと企業は持たなくなる。ただし、年功賃金の合理性が失われるわけではない。「人を育てることが必要だ」「帰属意識や忠誠心が必要だ」と企業が考えるならば、年功賃金の要素がなければ担保できない。

 例えば最近頻発する「バイトテロ」。これは年功賃金ならば本来、起き得ない。一方でスポット的に雇われ、いつ辞めてもよいという思いがある働き手だと起きる。人材育成と組織への帰属意識が大切だと思う企業にとって、「年功的要素」が絶対に外せないものであることを示している。

 これからの時代は人材が企業の競争力をより左右する時代になるだろう。その際、「良い仕事」の条件とは何か。企業にとっても個人にとっても共通で、「仕事を通じて能力を高めることができるか」に尽きると思う。この考え方に整合的な賃金体系が「良い賃金体系」だ。具体的には、月例給には年功賃金の要素を残し、能力や成果に応じた部分は賞与で調整する。この仕組みが最も納得性があり、経済合理性もあると考えている。

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