日経ビジネス4月8日号では、「起業、失敗の後」と題して、起業したがうまくいかなかった人たちの事例を取り上げた。起業した人の中には、失敗、倒産寸前まで追い込まれながら、スレスレで復活を果たした人もいる。

 自治体向け広告事業化サービスなどを手掛けるホープ(福岡市)の時津孝康社長もそんな一人だ。同社は2016年6月にマザーズ上場を果たし、売上高22億円まで成長した同社だが、そこまでには約2年売り上げゼロ、先物取引での失敗、激ヤセ、家賃滞納など紆余曲折があった。一時期は、「このまま死んでも誰も悲しまないんじゃないか。そう考えるぐらい事業がうまくいかず、追い込まれていた」(時津社長)という。

ホープの時津孝康社長
ホープの時津孝康社長

学生時代に起業を決意

 02年、時津社長が21歳で福岡大学の学生だったころ、友人が自治体に「高速道路の高架下をフットサル競技場として活用しよう」と提案し、それが実現したことを目の当たりにして感銘を受けた。周りの同級生は就活まっしぐらだったが、財政難など多くの課題を抱える自治体に、それらを解決できるようなサービスを提供できないか。もしできれば、全国の自治体の数だけビジネスチャンスがある。そう考えて起業を決意した。

 05年2月、ホープの前身となるホープキャピタルを創業。資本金は300万円。ソフト販売の営業代行のバイトで月50万円を稼いで貯めて150万円を用意。残りは両親や裕福な父方の祖母に頼ったが、いずれも「絶対ダメ」と総勢8人に断られた。最後に頼ったのが母方の祖父だった。時津社長の妻と2人で頭を下げた「祖父はいくらいるのか、何をするのかを聞いて、咎めもせず貸してくれた。ありがたかった」(時津社長)。

 オフィスは福岡市早良区、家賃4万円ほどの自宅アパートにした。会社登記や携帯電話、インターネットの手配といった初期費用で50万円があっという間に消えた。

 最初に掲げたビジネスモデルは、自治体が住民に配る市報や町報に広告枠を作ってもらい、そこに企業からの広告を取ってきて入れるというもの。「今では当たり前だが、当時はまったくなかった」(時津社長)。財政難の自治体はうるおい、保険会社など広告主は広く市民にアプローチできる、ホープは獲得した広告費の一部が手数料として売り上げになるという目論見だった。当時は「平成の大合併」と呼ばれた市町村合併が起こり始めていたが、それでも福岡県内だけで市町村は100ほどあった。さらに福岡に近い佐賀や熊本も入れると200は営業に回った。

続きを読む 2/3 先物で大損、さらに激ヤセ

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