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 巻き返しを図る彼らが勝負をかけたのは、ネット通販の集客などのノウハウを教えるセミナー事業。PR会社に広告などを依頼して200人弱を無料の説明会に呼び込み、そこで以後のセミナーを受講する顧客を獲得する算段だ。「PR会社には計550万円ほどの費用を支払うが、自社の売り上げは3000万~4000万円を見込んでいたので問題はないはずだった」(初見氏)。

 しかし、その読みは大きく外れる。200人弱が参加するはずの説明会に集まったのはたった5人。パートナーのPR会社にとっても、過去最低の集客状況だった。5人の顧客候補たちはガラガラに空いた広い会場を見て、呆れた顔で登壇者を見つめる。当然というべきか、セミナーを受講する客は一人もいなかった。

 頼みにしていたセミナーの売り上げがゼロになり、追い詰められたA氏と初見氏は、小規模なシステム開発の受注を目指す。事務所は引き払い、A氏は地元である神戸に戻って縁故に営業をかけ始めた。一方の初見氏はネット通販事業の立て直しを図り、有名キャラクターの限定グッズを仕入れて販売するなど地道に売り上げを立てた。

 しかし、最後まで事業は上手くいかなかった。A氏はコネを使ってシステム開発の仕事を受注してきたが、営業トークが災いし、具体的な仕様などで頻繁に顧客とのトラブルが発生することになる。最終的に返金に至るケースも多く、傾いた会社を救うほどの売り上げは得られなかった。初見氏がシステム開発に人手を割くとネット通販事業は止まるため、継続した収益もなくなる。

 神戸にいるA氏とは次第に連絡がつきにくくなり、顧客からの問い合わせやクレームが初見氏の元に寄せられるようになる。「しかしAも精神的に参っているのだと思い、できる限り自分で対応した」(初見氏)。しばらくすると、A氏から倒産の連絡があった。

「守りの姿勢が欠けていた」

 会社の負債は日本政策金融公庫からの200万円に加え、ネット通販の仕入れ先への未払いが100万円、セミナー事業でのPR会社への未払いが550万円など、計1000万円にまで増えていた。倒産後、会社の負債のほぼ全額を背負ったA氏は、最終的に自己破産を選択。その後はプログラマとして企業で働いているが、3年以上が経つ現在も、給与の3分の1程度を返済のため天引きされているという。

 ネット通販事業が不安定な状態で、ビジネスとして成立する見込みが不確かなままセミナーやシステム開発といった新規事業に手を出したことが失敗の原因だった。「確実な投資や運用で資金という体力を温存するという守りの姿勢が欠けていた」と初見氏は振り返る。起業失敗で学んだ資金運用の重要性を初見氏は忘れず、現在は確実に収益の上がる複数の事業と海外不動産への投資などで資金を着実に増やしている。

 会社の倒産後、初見氏はメルカリ創業者の山田進太郎氏に自分の作ったウェブサイトなどを見せる機会を得た。しかし、山田氏には「君はセンスがない」と一蹴されたという。初見氏がセンスとは何かを尋ねたところ、「山田氏は『風呂上がりでもそのことしか頭にないというくらい好きなものがあること』と答えた」(初見氏)。

 初見氏はこの経験を機に自分の好きなことを仕事にしようと考え、しばしば旅行していたハワイの文化や社会をテーマにしたウェブメディア「アロハポスト」を立ち上げた。この春にはハワイアン料理の教室も日本で開始する。また、ステーキを焼くという趣味が高じ、ステーキ店でアルバイトをしたり月1回ほど出張シェフとして働いたりと、充実した日々を送っている。

日経ビジネスの4月8日号特集「起業、失敗の後」では、事業を起こしたものの挫折した人の証言から、現代版起業の現実を探った。