従業員は怒りを覚えている

日産では過去に労使の衝突もありました。労使の健全な関係についてどう考えますか。

高倉氏:以前、石原(社長)vs 塩路(労連会長)という構図があった。その時に起こったのは、会社の専権事項に対し、どこまで組合が口を挟むかという問題だ。例えば、経営側がこれをしたいとなった時、労組は即座におかしい、協力できないといった姿勢を取るべきではないと考えてきた。ただ、実施して問題が起こり、様々なところにしわ寄せがくる場合はもちろん物申し、チェック機能を果たす。NRPの達成まで労使協議は年間120回ほど開いた。対話ができていたということだ。不安、不満があると働き手の士気は上がらない。組合がそれらをまとめ、会社にぶつける形をとった。

 ゴーンさんは職場と直接対話をする機会もつくった。以前の日産では、社長の声を組合が聞き、従業員に伝えていた。情報伝達に関しゴーンさんは非常に気を使っていた。組合から詳細を催促しなくても、会社の方から情報を流してくれるようになった。今の西川広人社長も社員向けメッセージを出し、自分なりの言葉で発信している。ただ、透明性のある経営を追求してきたはずのゴーンさんが不正にまみれていた。だからこそ、従業員は怒りを覚えている。

 厳格には、経営に口を出したこともある。『インフィニティ』ブランドを日本に入れるとゴーンさんが言った時は反対した。高級車ブランドを展開するには、販売店がかなりの投資をしなければならない。格段の水準にしないと差別化できないからだ。日産の販売店は体力のないところが多く、日本では根付かないのではないか、と伝えた。それで、やめたのかどうかは知らないが、結局は実現しなかった。

「ゴーン改革」では、系列部品メーカーの解体もありました。

高倉氏:関係会社の持ち株を売却したことはサプライヤーの意識改革につながった。従来は努力しなくても日産の仕事を取れたが、コスト改善などをしなければ、他に奪われることになった。ただ、日産系の労組には部品メーカーの組合員もいる。我々としては、会社が示した価格の根拠が明確でない場合は、組合から会社にフィードバックするようにした。部品メーカーは文句が言えないので、働く者の立場として我々が代弁した。日産の購買との交渉はしっかりとしてきたつもりだ。

リバイバルプランで閉鎖が決まった村山工場(東京都武蔵村山市)。今は広大な跡地が広がる。
リバイバルプランで閉鎖が決まった村山工場(東京都武蔵村山市)。今は広大な跡地が広がる。

2015年、仏政府が日産への関与を強めた時には、フランス側の労組と連携して歯止めをかけたそうですね。

高倉氏:フランスでは労働者の代表も最高意思決定機関である監査役会メンバーになる。ルノーには4つの大きな組合があり、その代表が議決権を持っていた。ドイツも同様だが、欧州では労働組合の社会的地位が高い。向こうの組合の発言は経営に影響力があるので、15年の時は私の名前で文章を書いて協力を求めた。フランスは民営化を進めてきたのに、日産というグローバル企業に対し、一国の政府が『ああやれ、こうやれ』と言うのはおかしな論理だ、と伝えた。ルノーの組合は協力してくれた。その後、ゴーンさんからもお礼があった。彼はあの時は、日産をしっかり守るというスタンスだった。

10年ほどで身を引いていたら、ゴーン氏は名声を残せた、と高倉氏は言う。
10年ほどで身を引いていたら、ゴーン氏は名声を残せた、と高倉氏は言う。

ゴーン氏は日産と日産の労組にどういった教訓をもたらしましたか。

高倉氏:ゴーンさんは聞く耳を持っていた。組合の話を聞かせてくれと、私のところに来て、従業員にどういった思いがあるのか話すと耳を傾けていた。「裸の王様」になってきているのはわかっていたのだと思う。リーダーが長期化すると周囲は文句を言えず、イエスマンしかいない組織になる。飛ばされてしまうことを恐れ、つい忖度(そんたく)してしまう。日産では独裁の弊害が様々な問題発生につながった。10年くらいで身を引いていたら、ゴーンさんの名声は残っていたはずだ。後継者の育成はリーダーの役割で、引き際が重要だ。

日産自動車が仏ルノーと提携して20年。カルロス・ゴーン氏の逮捕・起訴は世界に衝撃を与えたが、ゴーン氏が日産に残したものも少なくない。日経ビジネス4月1日号の特集「日産の正体」では、そんなゴーン氏の功罪と、ゴーン氏の暴走を許した日産の体質について分析した。