IgA欠損症の比率が高い国では新型コロナ感染者数が多い
第二部 感染防御の最前線を担うIgAの重要性
~臨床研究から見えてくる、これからの感染防御・免疫活性化戦略~

京都府立医科大学大学院医学研究科 生体免疫栄養学講座教授
同大附属病院内視鏡・超音波診療部部長。京都府立医科大学卒業。炎症性腸疾患、腸内細菌叢、消化器学を専門とする。京丹後長寿コホート研究など腸内細菌叢研究の第一人者でもある。近著に『すべての臨床医が知っておきたい腸内細菌叢』(羊土社)などがある。
続いてセミナー第二部では、消化器を専門とする臨床医で腸内細菌叢や免疫の研究を行う京都府立医科大学大学院医学研究科生体免疫栄養学講座教授の内藤裕二さんが、IgAと感染に関する興味深いデータをまとめた論文[1]の内容を紹介してくれた。
「IgAの分泌が遺伝的に低い病気であるIgA欠損症の比率が高い国ほど新型コロナ感染者数が増えていたのです。日本ではIgA欠損症の患者数が非常に少ない。日本人には何か特有の粘膜免疫の仕組み、あるいはそれに関わる生活、食生活要因が隠されているのかもしれないと考えています」(内藤さん)
IgAは病原体の捕獲力が高い抗体で、病原体にくっついて無力化したり、体内から除去したりする働きを持っており、粘膜免疫において主体的な役割を持つといわれている。身近な発酵食にも腸に有用な菌が含まれ、プロバイオティクスといわれて注目されているが、粘膜免疫の立役者であるIgAの産生を促進し、インフルエンザや風邪の発生率を抑制することが確認された乳酸菌も複数報告されている[2]。
「IgAは口腔内や消化管の粘膜表面という戦いの現場に出るときは病原体をつかまえる手が増えて、その捕獲力を増すこともわかっています。おそらく、乳酸菌やビフィズス菌などさまざまな腸内細菌が存在することによってトータルで免疫が維持されるのではないかと考えています」(内藤さん)
内藤さんは、新型コロナについて、世界中の研究報告を注視してきたという。
「現時点でわかっていることは、世界中の国々で感染者数と死亡者数に正の相関があること、感染者の100人に1人が亡くなる重篤な感染症であることです。また、最も重症化に関わる因子となるのは、年齢のようです。英国の新型コロナ感染症による入院患者8065人を解析した研究によると、60歳、70歳、と年齢を重ねるほど重症化リスクが高くなっていました[3]」
最重要課題は、感染者を増やさないこと。「すでに実践しているソーシャルディスタンスや手洗い、マスクに加え、私たち個人が粘膜免疫を守る意識をしっかりと持つことで、ウィズコロナの時代も継続的に感染者数を減らしていくことが可能だと考えています」(内藤さん)。
[2]Br J Nutr. 2013 May 28;109(10):1856-65.
[3]MJ. 2020 May 22;369:m1985.
糖尿病や食物繊維不足の食生活は“粘液層”を薄くする
病原体が容易に侵入しないよう砦となってくれている粘膜免疫。その働きが低下するリスクがある疾患があると内藤さんは言う。糖尿病だ。
「粘膜表面には病原体を阻むIgAを含む粘液層がありますが、糖尿病患者の腸管の粘液層は減少し、病原菌が容易に侵入しやすい状態になっていることが近年、複数の研究で報告されています。もともと糖尿病の人は感染症が重症化しやすい傾向があり、免疫との関係が注目されてきました。我々が腸内細菌叢の病態について調べていても、粘液層が減っているのは糖尿病患者であることが多いのです」(内藤さん)
また、ダイエットなどで食事からのエネルギー摂取量を極度に制限している人や、忙しくて食事内容が偏ってしまっている、という自覚のある人も要注意。
食物繊維不足も粘液層を薄くすることがわかっているという。腸内細菌のエサとなる食物繊維を欠乏させた状態で飼育したマウスでは、腸管の粘膜を覆う粘液層が薄くなり、病原体が侵入しやすい状態になった、という研究がある[4]。「我々の研究では、腸を守るように働く細菌が好んで食べる水溶性食物繊維をマウスに与えることによって、食物繊維欠乏食によって薄くなった粘液層が復活することを確認しました[5]」(内藤さん)。
この他、高脂肪食や抗生物質、胃酸分泌抑制剤など一部の薬剤も粘液層を薄くする要因となる、と内藤さんは指摘する。ついおろそかにしてしまいがちな食生活が、感染症の防御の力に関わる、ということを再認識させられる内容だった。
[5] J Nutr Biochem. 2006 Jun;17(6):402‐9.
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