1カ所の粘膜で起きた免疫反応が全身に伝わる驚きの仕組み
西沢:ウイルスに立ち向かう「粘膜免疫」と、これを突破した後で働く免疫システムについて教えてください。
野阪:ウイルスが最初に接する第一関門である粘膜で、病原体を阻むのが粘膜免疫です。そこで中心的役割を担うのが、粘膜の上に出てきて病原体の侵入を阻止するIgAという抗体です。
粘膜免疫をかいくぐり、病原体が体内に侵入し、いわゆる感染した状態になってからは、第二関門である「全身免疫」の出番です。全身免疫では、さまざまな免疫細胞が病原体を排除すべく戦います。その中にも、種類に関係なく病原体を攻撃するNK細胞などの免疫細胞が働く「自然免疫」と、相手の性質を見極め、T細胞、B細胞の連携プレーで抗体(免疫グロブリン)という武器を作るなどして戦う「獲得免疫」という2種類があります。ただし、獲得免疫が作り出す抗体の中で、IgAは粘膜の外に出ることで、粘膜免疫部隊に変わります。そしてIgAは、粘膜上やそれを覆う分泌液中で病原体が侵入するのを阻止したり、毒素を中和したりと、粘膜免疫の主力として活躍するのです。さらに粘膜免疫で特筆に値するのが、鼻や口の中など、病原体を最初に感知した場所の粘膜においてIgAが増えるとその作用が全身に伝わり、離れた場所の粘膜においてもIgAの分泌が高まる「ホーミング作用」です。全身でIgAの分泌を高めると、もとの場所に戻って再び守りを固めます。
西沢:食品で粘膜免疫が高まる仕組みはどうなっているのですか?
甲田:私どもは、Lactiplantibacillus pentosus ONRICb0240(以下、乳酸菌B240)という乳酸菌株を用いた粘膜免疫の研究を行っています。口からこの乳酸菌をとることで、口腔においても粘膜免疫が高まり、唾液中のIgA分泌量が上昇することを確認しました[1]。具体的には、小腸粘膜にある免疫細胞の巣のような組織「パイエル板」の特殊な細胞(M細胞)からこの乳酸菌が取り込まれると、その下にある樹状細胞という免疫細胞を刺激し、その刺激に反応した抗体産生細胞(B細胞)がリンパ液や血液の循環に乗って全身を巡り、口腔や肺、膣、乳腺といった遠隔の部位にある粘膜でもIgAの産生を高めて再び小腸に戻るホーミング作用が行われるとみています。

加齢は免疫低下のリスク。喉の潤いを保ち、栄養バランスも意識
西沢:私たちには実によくできた免疫システムが備わっているのですね。しかし、免疫機能が低下してしまう場合もあります。特に注意したいのはどんな人でしょうか。
野阪:糖尿病や免疫疾患などの基礎疾患がある人、また、肥満のある人は免疫機能が低下しやすいことがわかっています。また、健康な人でも加齢とともに粘膜免疫、ウイルスが侵入後に体内で戦う全身免疫も、ともに低下していく傾向があります。
西沢:甲田所長は、粘膜免疫の指標として唾液中のIgAの変化を見ておられますね。
甲田:多くの文献から、唾液中で粘膜免疫の立役者であるIgA量が低下する主な要因が3つあることがわかっています。1つめは、野阪先生が触れられた、加齢。高齢になるとともに唾液中のIgAの分泌が低下します。2つめは、慢性的ストレス。そして3つめが激しい運動です。また、唾液のIgA量には、IgAがどのくらいの割合で含まれるかという濃度とともに、唾液の分泌量そのものも関わることがわかってきました。粘膜免疫低下の一つのサインとして、安静時に唾液がたっぷり出ているかどうかもぜひ確認してみてください。
野阪:唾液は重要なポイントですね。唾液にはIgAだけでなく抗菌作用のあるディフェンシンという物質も含まれます。緊張すると口がカラカラになりますし、冬はエアコン環境で空気も乾燥しますから、マスクを着用し、口の中を湿潤状態に保つことが重要ですね。
甲田:体に備わる粘膜免疫、そして全身免疫がしっかり働く状態に体を整えるために、栄養バランスもぜひ意識してください。免疫機能維持に役立つビタミンD、ビタミンCやビタミンB1といった栄養素も重要です。私たちの研究では、たんぱく質とともに先述したB240乳酸菌を摂取すると、体内でIgAが多く産生されることを確認しました[2]。
[2]J Agric Food Chem. 2011 Mar 23;59(6):2646-51.
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