例えば、作業の一部を切り出して外部企業に委託し、業務コストを削減するというのは、「本来であればおかしいこと」(中澤准教授)だ。委託先の企業は依頼を受けて利益を得るのだから、その会社がよほど自動化や効率化で高い技術力を持っているか、自社の賃金が相場より飛び抜けて高くなければ、作業を委託しても業務コストはほとんど下がらないのが自然だ。
ところが、最低賃金が低いと、安い労働力を集められた企業が業務委託で利益を稼げてしまう。利益が出ても生産性が上がるわけではないので、労働市場全体で見れば業務量に対して投入している人材の数は変わらない。業務が実際には効率化していないので、市場への労働者の供給は増えないというわけだ。

かつて米フォードの創業者、ヘンリー・フォードは需要を高めるために、社員の賃金をT型フォードが買える水準まで上げたという。日本ではかつてのフォードと逆の現象が起きている。安い賃金で働いているため、自分が働いて提供する商品を買う消費者より、労働者自身の生活水準は低くなる。こうした労働者が増えると、消費者全体の購買力が低くなるため需要が落ち込む。経営が厳しくなって、企業はより安い賃金で社員を雇用しようとしかねない。格差の拡大につながるのだ。
逆転した非正規と正規の賃金
契約社員やパート・アルバイト労働者に依存した事業というのも不健全かもしれない。厚生労働省が14年に発表した就業形態の多様化に関する調査によると、企業が正社員以外の労働者を活用する理由で最も多かったのは「賃金節約のため」(38.8%)だった。が、「欧州のコンジェントワーカーのように非正規労働者の方が正社員よりも賃金が高くあるべきという意見もある」(中澤准教授)。非正規労働者はあくまで一時的に不足した労働力を補うために雇用するものという考え方だ。
従来、こうしたパートやアルバイトといった非正規従業員は「家計の補助的な収入のための仕事とみなされ、生活できない水準の時給でも無視されてきた」(中澤准教授)。だが、厚生労働省の賃金構造基本統計調査によれば、労働者の4割が非正規で働いている。所得金額の階級別統計を見ても、時給1500円相当より低いとされる所得金額200万円以下が全世帯の17.9%(17年、国民生活基礎調査)を占める。
仕事のやり方や事業そのものを改革して生産性を高めるには大きな苦労が伴う。最低賃金が経済水準より低ければ、業務の一部をそうした低賃金の労働者に任せることで見かけ上の生産性を高められてしまう。いわば、まやかしの生産性向上だ。
低賃金の労働者に依存したまやかしの生産性向上は、本質的に業務に従事する人材の数を減らさない。労働人口が減少し、人手不足が各地で叫ばれている現状を打開するには、「最低賃金を見直して、安い労働力に甘えていた状況から脱却するべき」と、中澤准教授は訴えている。
日経ビジネスの3月25日号特集「凄い人材確保」では、この他にも日本企業が人手不足の現実を研究した。
記事公開当初、年間の所得金額200万円以下の世帯割合を36%としていましたが、正しくは17.9%です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2019/03/28 18:25]
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