「続けられると困る」

 課題の多い保育業界だが、賃金に関しては自治体が動くことで改善する事例もある。前述の松戸市は、公立保育園に比べて給料水準が低いとされている私立保育園の保育士に対して、毎月4万5000円以上を直接支給する「松戸手当」を実施。他にも、市内在住で保育士として就職する人に就職準備金として10万円の貸し付けをし、2年以上の継続勤務で返還免除をするなど、待遇改善に努めている。

 その効果もあって、18年度上半期には58人もの保育士が市外から転入してきた。前年同期の2倍以上の増加数だ。他にも学生向けの返還免除条件付きの貸付金など、新規保育士育成にもテコ入れをする。「潜在保育士の再就職を促すような支援もしたい」(山内課長補佐)

 だが、すべて国や自治体の支援に頼っていては税金がいくらあっても足りない。根本的な原因を解消するには、保育園が十分な報酬を保育士に払うように変わるべきだ。だが、保育士の待遇を改善する根本的な解決への道のりは遠いかもしれない。

 「長期雇用が保障できないので、高い賃金を払って保育士を続けられても困ると言われた」。ある元保育士の男性は、悔しそうにこう語る。保育園の経営判断として、あえて保育士の給与水準が低く抑えられている場合があるというのだ。

 その原因は、地域の子供の人数が短期間に大きく変動するからだ。日本では都市開発などで狭い地域に多くの世帯が移り住むことがある。こうした地域では突如として保育需要が立ち上がるが、しばらくすると子供は成長する。多くの世帯はその後も移動せずに生活を続けるので、新しい世帯の流入数は減少。数年後には地域の子供の人数は減り、極端に保育需要が落ち込むのだ。その需要がしぼむスピードは、日本全体の少子化などよりずっと速い。

 公立の保育園であれば、自治体の管轄内の保育園間で人材を移動させ、ある程度の需給の変動を吸収できる。だが、私立保育園の場合にはそうもいかない。保育需要が急速にしぼんだら、園が雇用する保育士が過剰になるのだ。人材がいるからといって新しい園を設立するのも、不動産と設備投資が必要なので簡単ではない。ならば最低限の保育士の人数で現状を乗り越え、保育需要が少なくなる頃には自然に退職してもらったほうが、経営しやすいという。

 一度就職すると、他の職種への転職が難しい――。そんな労働市場の課題が、保育士業界を苦しめている本当の原因かもしれない。

日経ビジネスの3月25日号特集「凄い人材確保」では、この他にも日本企業の人手不足の現実を研究した。

以下の記事も併せてお読みください