全国で待機児童が問題になるなど、保育士が不足している。厚生労働省によれば、17年10月時点での待機児童は全国で約5万5000人だ。国の定める児童福祉施設の基準をもとに計算すると、この児童を預かるのに最低限不足している保育士は約1万4000人。実際にはより多くの保育士で子供を預かる施設が多く、数万人の保育士が求められている。

 だが、理論的にはこの保育士不足は問題にならないはずだった。全国には保育士になれる資格保有者が十分に多く存在するからだ。15年に厚労省が発表した保育士等に関する関係資料によれば、同年の保育士登録者数約119万人に対して、実際に勤務しているのは約43万人だった。70万人以上の資格を持つ潜在保育士がいるのだ。

 有資格者は多くいるのに、なぜ保育士は不足するのか。答えは単純だ。当初は志を持って資格を取った人たちが、保育士としては就職をしなかったり復職しなかったりしているからだ。

 幼児向けイベント運営などを手がける笑いの保育わくわく(神戸市)の設立者で元保育士の田中好美氏は「閉鎖的な縦社会で、なにもさせてもらえなかった」と当時を振り返る。

 田中氏が最初に衝撃を受けたのは、役職の呼び方だ。副担任の辞令を受けたが、職場では「助手」と呼ばれた。仕事の割り振りや職員間の態度には明確な上下関係があり、助手と呼ばれている若手は会議に参加できず、意見するのも許されなかった。

 笑いの保育わくわくの共同設立者で同じく元保育士の内ケ崎千鶴氏も、似たような経験を持つ。内ケ崎氏が就職した保育園では「原稿用紙1枚を使うのにも利用記録への書き込みが必要で、子供が遊べるイベントを企画しても1つも実施させてもらえなかった」。決して予算が捻出できなかったわけではなく、「去年と同じ」以外のことを上長が許可しなかったという。

 他にも「今でも児童の家庭へのお便りなどが手書きの園は少なくない」(田中氏)。パソコンが買えないといった理由ではなく、「手書きのほうが情緒があるという理由」(内ケ崎氏)だ。付き合いのある現役保育士に聞く限りでは、保育士の環境は2人が辞めた当時とあまり変わらないようだ。

 もちろん、こうした環境は保育園によって違う。だが、転職しようにも子供を放置するようで、後味が悪い。最初の職場に恵まれなければ、次第に「忙しさと何もできない環境に疲弊し、保育に熱心な人ほど職を離れていく」(内ケ崎氏)。

 こうした保育士の離職に拍車をかけているのが、深刻な待遇の低さだ。田中氏は「生きていける収入レベルではなかった」と振り返る。田中氏が初めて保育士の職を探したのは約10年前。最初に目に飛び込んできたのは、学校の掲示板に貼ってあった「初任給9万円」の文字だった。「何かの冗談かと思った」(田中氏)

 試用期間である最初の数カ月は非正規としての雇用条件だったが、正規雇用後でも「暮らしていけるような収入ではなく、実家で親と一緒に暮らしている人でないと働けないような求人がいくつもあった」と振り返る。

 内ケ崎氏も「低収入は覚悟していたが、時給を計算したときはがく然とした」と話す。ベンチャー企業の営業から転職して就いた保育士としての初任給は、手取りで12万円。残業が多く、行事やその準備などで土日に働くことも少なくない。時給を計算すると「300円だった」

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