人手不足が叫ばれているが、新卒入社した大卒社員の3年以内離職率は昔と変わらず約3割。せっかく苦労して採用した人材も、育たなかったり離職してしまったりと、活躍してもらえなければ不足は解消しない。日経ビジネス3月25日号「凄い人材確保」では、不足に打ち勝つ人材確保の妙手を研究した。
働かない新卒を雇う
「1年前には名前しか知らなかったAI技術を使ったデータ分析を、今なら苦労することなく実践できる」。ある20代の男性が約1年間の授業の成果を語る。職場に入り、身につけた知識と技術を役立てる日を心待ちにしているという。だが、この男性は学生ではなく、入社1年目の新入社員だ。入社してから2年は、会社の仕事を担当せずに勉強に専念するという。
そんな働かない社員を抱えるのは、空調機大手のダイキン工業だ。2017年末に淀川製作所(大阪府摂津市)にあるテクノロジー・イノベーションセンター内に「ダイキン情報技術大学」を開講。18年度の新卒採用のうちの約100人を対象に、2年間の高度人材教育を施している。AIやIoTの専門家として活躍できるだけの教育を施し、その間の仕事はない。給料も他の新卒同様に支給される。
AIやIoTといった先端技術の専門家は世界中で足りていない。経済産業省の試算では、こうした高度人材は20年の時点で約5万人が国内で不足するという。転職市場でも専門家を求める求人は年収提示額が右肩上がりだ。採用ができないなら、育てればいい――。ダイキン工業はそんな戦略を選んだ。
ダイキン情報技術大学の授業内容は大学の専修課程にも劣らぬ内容だ。会社に移籍してきた情報工学の研究者などが教べんを執っている。教育した人材が働いて会社の利益に貢献し始めるのは早くても入社から2年後。思い切った先行投資といえる。
だが、運営事務局の山下かおり担当課長は「他社でも同様の投資はできる」と話す。大学の予算は、事業計画の売上高予測から計算して割り当てた。毎年100人ずつであれば追加で雇用して教育を施しても現状の事業計画で支えられると判断したわけだ。「どの会社でもできるとは言わないが、同じような教育をする余裕がある事業計画の企業は少なくないはず」(山下氏)。
人材のために会社全体を変える
注目すべきは新卒社員への教育だけではない。育った人材が活躍できるように、会社全体を変えようとしている点こそ、ダイキン工業の投資の本質かもしれない。
「管理する立場の社員がAIやIoTのことをある程度知らなければ、せっかく育てた専門人材も活躍できない」(山下氏)。各部署にヒアリングした結果わかったのは、専門人材を受け入れる社内の体制づくりが必要ということだった。例えば、AI人材とIT人材を混同しているようなケースが多かった。「両方ともITに関わるからと混同されがちだが、身につけている技術や知識はまったく別物」(同事務局の下津直武担当課長)
データを使って新しい発見などをするAI人材に対して、データを収集・管理する仕組みをつくるのがIT人材だ。AIの研究者の中には、プログラミングができない人も少なくない。AI人材ならばITにも詳しいだろうと、例えばスマートフォンアプリを開発するような業務を担当させても、専門人材としての能力は発揮できないというわけだ。
「育った高度人材が活躍できるように、既存社員にも教育や情報発信をしていく」(山下氏)。会社として重視する技術を明確にし、人材を育て、活躍できる場を整える――。こうして会社としての姿勢をわかりやすく示すことが、育てた人材を会社に定着させ、活躍させるために必要だと同社は考えている。
5年で離職率が半減
近年になって不足が叫ばれ始めた高度人材とは対照的に、昔から企業が確保に苦労しているのが営業人材だ。マイナビが17年に調査した結果では、内勤の社会人の90.5%が営業をやりたくないと回答している。多くの人手が必要にもかかわらず、なりたがる人が少ない職種だ。
そんな営業人材の確保で成果を出しているのが、NTTグループで電話機や複合機、ネットワーク機器などを販売するNTT西日本ビジネスフロントだ。同社の営業担当者は5年間で約700人から1200人へと増加。一方で年間の離職者数は58%減った。やはり重要だったのは、教育の充実だ。
同社は報酬にインセンティブ制度を採用しており、営業担当者は販売実績を伸ばすほど報酬が増えていく。好成績を収める社員が業績をけん引する一方で、得意客のいない若手が思うように成績を伸ばせないことが課題だった。入社1年以内に離職してしまう社員も少なくなかった。
成果が出せないから早くに離職してしまう――。若手の育成のため、研修の充実が始まった。獲得できる人材の変化も研修制度の見直しを後押しした。NTT西日本ビジネスフロントでは中途採用を中心に営業人材を集めていたが、転職市場の活性化や人手不足の加速もあって「営業経験者の割合が減り、2社目として入社してくる20代前半の人材が増えてきた」(営業部販売担当の前原博担当課長)。前職を数年で辞めていて、営業経験どころか社会人経験もほとんどない社員が増えていた。
効果が大きかったのは、TANREN(東京・千代田、佐藤勝彦社長)の動画研修クラウドサービスを使ったロールプレイ研修の導入だ。入社した社員は約1年半の間、営業プロセスの「課題発見」や「商品提案」など毎週出されるお題に対して10〜20分程度の仮想営業をし、その様子をスマートフォンなどを使って動画に撮る。
NTT西日本ビジネスフロントの若手がアップロードした仮想営業の動画
動画をクラウドにアップロードすると、上長や研修指導をするソリューション・アクト(熊本市、松本寿彦社長)の指導担当者が採点。事前に伝えていた注意点を4段階のスコアで評価するだけでなく、動画の何分何秒のどんな発言やしぐさを変えるべきか、といった細かな指摘をする。
「動画の会話がバッチリでした」。ソリューション・アクトの松本社長は集合研修の場で、NTT西日本ビジネスフロントの若手営業担当者からそう話しかけられた。動画を使ったロールプレイで練習した会話で営業先の課題を聞き出し、商品提案につながったという。その後、案件は契約に至った。
この動画研修を導入したことから、「入社1年未満の離職者がぐっと減った」(営業部販売担当の東浦輝也氏)。ほかにも語彙力向上の研修や、顧客との関係性を構築するための研修などのプログラムも充実させていった。
こうした研修の充実はビジネス環境の変化にもマッチしていた。従来は扱う主な商品が業務用の電話機や複合機で、「ある程度は商品のスペックや価格戦略でも売り込めた」(前原担当課長)。が、需要が一巡したあとは売り上げが徐々に減少。新たにネットワークセキュリティー関連の機器なども扱い始めたが、必要性がわかりやすい電話機や複合機と違って思うように売れずにいたのだ。
セキュリティー対策の商品は、単に性能や価格を伝えてもなかなか売れない。商品を導入する重要性について事例を交えながら伝えたり、企業の課題を聞き取りながら商品のメリットを伝えたりといった営業テクニックが重要になっていた。もちろん、ベテランの中にこうしたテクニックを実践する営業担当者はいた。が、そのテクニックを若手に教えるのに苦労していた。
動画を使ったロールプレイや集合研修などを通じ、話題の振り方や視線誘導、顧客の課題を聞き出す方法などを細かく指導すると、一部のベテラン営業担当者は「そうそう、それが伝えたかったんだ」と膝を打った。口頭では伝えにくかったテクニックも、実践しながらならわかりやすいという。
「帰属意識を持ってほしい」
同社の渋谷誠営業部長は、研修制度を充実させる狙いとして「会社への帰属意識を持ってほしい」との考えを語る。この会社で働き続けたい、活躍したいと意識することで社員が成長し、それが企業としての成長にもつながる。そのために欠かせないのが研修の充実というのだ。
営業経験の少ない若手が成果を出すのは簡単ではない。成績優秀者を表彰したりインセンティブ制度で成果報酬を多く出したりしても、成果を出せずにいる若手が会社への帰属意識を持つとは考えにくい。それどころか、上客の担当や営業ノウハウをベテランたちが独占していると感じるかもしれない。
NTT西日本ビジネスフロントでは、グループの他社が担当していた顧客を引き継ぐようにして担当する顧客企業が急速に増えている。今後は、事務作業を自動化するRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)など、扱う商品の幅も一層広げていく計画だ。顧客の課題を聞き出して、最適な提案をする力を持った営業担当者を増やしていかなければならないのだ。
若手を集め、成果が出せるように育て、環境も整える――。この人手不足時代に営業人材を増やして組織を成長させるためには、社員を定着させ、成長を促す体制が必要になっている。
日経ビジネスの3月25日号特集「凄い人材確保」では、この他にも日本企業の人手不足の現実を研究した。
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