日本では人口が減少し、人手不足が深刻化している。有効求人倍率は好景気を背景に2010年以降上昇を続け、18年には1.61倍と、1973年の1.76倍に次ぐ過去2番目の高水準を記録した。だが、人手不足を原因とする企業の業績不振の中には、よく見ると「本当に全てが人手不足のせいなのか疑わしい」事例があるようだ。日経ビジネス3月25日号「凄い人材確保」では、こうした疑惑の人手不足も研究した。
言い訳としての「人手不足」
民間調査会社の帝国データバンクによると、いわゆる「人手不足倒産」は増えている。2018年1年間で、従業員の流出や採用難などが最も大きな理由になって倒産した会社は153件。「人手不足」が叫ばれ始めた13年から始めた調査の中では18年の件数が最も多く、この5年で4.5倍となった。
統計上は「人手不足倒産」が増えている
注:帝国データバンク集計
人手不足に陥ってから倒産に至るまでにはいくつかの段階を踏むので、帝国データバンクとしては人手不足が「直撃した」と認められる会社を抽出しているという。ただ、人手不足に陥った理由を見ると、国内に働き手がいないわけでもなさそうだ。例えば建設業であれば「人手を確保しようと思ったが、人件費が上がり採算が急速にあわなくなった」、介護であれば「スタッフの相次ぐ転職に伴い必要な人員を確保できず、事業継続をあきらめた」といったように、従業員を確保するだけの待遇を企業側が用意できなかった例が少なくない。
実際に、全国で年8000件ほどある倒産の中には、業績不振の本当の原因は別にあるが「倒産した理由を人手不足に結び付けようとする会社も、正直、たくさんある」(帝国データバンク関係者)。経営者も、破綻時にかかわる弁護士も、債権者に説明するにあたって、経営悪化のもっともらしい理由として人手不足を使うケースがあるというのだ。ここには、人手不足が叫ばれる折、倒産の理由にすれば「自らへの追及や批判を和らげることができるのではないか」という心理が働いているかもしれない。
急ぎ過ぎた事業拡大があだに
表向きは人手不足による業績不振としているが、実際の原因は別にある――。そんな怪しい人手不足事例はいくつもある。日経ビジネスの3月25日号特集「凄い人材確保」でも取り上げた事例の一つが、牛丼チェーン「東京チカラめし」の事業縮小だ。
東京チカラめしは2011年に東京・豊島に池袋西口店を開店し、競合ひしめく牛丼市場に参入。焼いた牛肉を具にする「焼き牛丼」を売りに人気を集め、「12年6月末に100店舗達成、年間300店舗出店へ」の掛け声のもと、またたく間に店舗数を増やしていった。実際、12年内に累計100店舗を達成している。
だが、13年に入ると状況が一転。調理スタッフが足りず、24時間営業を続けられない店舗が目立ちだした。当初は集客できていた店舗でも、肉を焼く調理作業などで商品提供に時間がかかり、目新しさで来ていた客が一巡すると採算が合わなくなり始めた。
ついに運営会社は事業の縮小を決定。現在では8店舗を残すのみだ。事業縮小を発表した当時、業績不振の理由は、為替変動による輸入牛肉の値上がりに加え、「雇用環境の変化に伴う人員不足」と説明された。
だが、関係者の間では「本当の理由は別にある」との指摘があがる。元従業員の一人は「急過ぎる店舗拡大が本当の原因ではないか。スタッフの教育が足りず、少数の調理スタッフに負荷が集中していた」と証言する。
19年1月に寺田町店(大阪市)が新規出店するなど、人材が確保できないわけではない
競合大手の牛丼があらかじめ煮込んでいた具を白米によそう調理法なのに対して、東京チカラめしの焼き牛丼は肉を焼く作業が必要になる。具をよそうだけの調理に比べて作業に練習が必要で、調理にも時間がかかる。当時は急に店舗数を増やし過ぎたために調理スタッフの教育が間に合わず、店舗運営に支障が出ていたとみられる。
実際、採算が合わなくなった店舗が飲食店に向かないほど働き手が少ない地域だったわけではない。14年6月に東京チカラめしの68店舗を買収したガーデン(東京・新宿、川島賢社長)が業態を変え、黒字化に成功していることからも明らかだ。それどころか「立地は一級だった」と、ガーデンの薫田勇営業支援本部長は語る。
ガーデンは買収した店舗の多くを「家系」と呼ばれるラーメン店へ変えた。牛丼に比べると価格競争が激しくなく、「調理手順がシンプルで教育期間も短くできる」(薫田本部長)のが利点だ。カウンターのみの店舗なら、スタッフ2人でも営業ができる。一通りのスタッフ教育と管理体制の構築ができると、店舗経営は一気に改善した。
ビジネス街に近い店舗は特に業態転換の影響が大きかった。ランチタイムの限られた時間に多くの客が押し寄せるビジネス街では、商品提供の時間を短くして客の回転率を高める必要がある。その点、東京チカラめしは肉を焼く調理作業に時間がかかり、回転率を高めるのが難しかった。新業態ではメニューの数を絞るなど、ビジネス街に合わせて短時間で商品を提供できる体制を整えていった。
ガーデンはわずか半年で買収した全店の業態を変え、次々と黒字化していった。だが、このハイペースでの業態転換は「普通ではない」(薫田本部長)という。東京チカラめしが急な拡大によって店舗スタッフの教育が間に合わなかったように、いくつもの店舗を次々と業態転換させていくのは、同じように教育が間に合わなくなる恐れがあったからだ。
採算の合いやすい業態に変わっても、スタッフがついてこなければ業務の効率が悪くなってしまったり、離職者が相次いで本当に人手不足になったりしかねない。各店の赤字を一刻も早くなんとかしたかったが、「プロジェクトチームが1店舗ずつ入り、確実に運営が回るようになってから次の店へ向かうようにしていた」(薫田本部長)。時間がない中でも従業員教育に手を抜かず、無理なく店舗運営ができるように管理体制を整えるまでの手間を惜しまなかったことが黒字化のひけつだという。
働きたい職場にしか未来はない
薫田本部長は「働き手にとって魅力のある店舗にしなければ、ますます飲食店運営は難しくなる」と語る。
飲食業界は店舗運営をアルバイトに依存している。ガーデンの場合、約8割の店舗スタッフがアルバイトだ。以前に比べると少子化の影響やSNSを通じた求人の増加によってアルバイト求人を出しても反応が少なく、「従業員の紹介による人材確保が重要になっている」(薫田本部長)という。店員が知人に紹介したいような店舗でなければ、こうした人材確保もままならない。
知人への紹介を戸惑うような店舗では、アルバイトを雇用するリスクも高まるという。過去を振り返れば、深夜に1人で店舗を運営する「ワンオペ」が注目を集めたのも、きっかけはアルバイトによるSNSへの書き込みだった。「バイトテロ」と呼ばれるような問題行動を撮影した動画のSNSへの投稿も、一部には職場環境に課題があったのかもしれない。
「今後も人材確保が難しくなるのは避けられない。スタッフに努力を強いるのではなく、事業としての工夫で対応していきたい」と、薫田本部長は語る。飲食業界が人手不足に打ち勝つには、アルバイトの人数に頼らない経営計画が必要になっている。
日経ビジネスの3月25日号特集「凄い人材確保」では、この他にも疑惑の人手不足による業績不振や、これから先の時代に日本企業が人手不足に打ち勝つ方法を研究した。
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