提供:日本維新の会

経営者だからこそ見えていた、社会と政治のズレ。それを正すために政治家へと転身したのが、日本維新の会の藤田文武幹事長だ。自身のキャリアを生かした党の戦略と、目指す新しい社会像について語ってもらった。

日本企業を元気にするために経営者から政治家へ

衆議院議員 日本維新の会 幹事長 藤田文武氏
衆議院議員 日本維新の会 幹事長 藤田文武氏

 日本の未来を決める国政には、さまざまなキャリアや背景を持つ人たちが参加すべきだと思います。僕自身も、教員、ベンチャー企業勤務、起業家という道のりを経て、現在衆議院議員を務めさせていただいていますが、その根底にはずっと政治への志がありました。

 きっかけは、大学2年の時に起きた9.11のアメリカ同時多発テロ事件に遡ります。世界の激動を目の当たりにし、これからはこの大きな渦に日本も巻き込まれていくという直感があった。それを足元から支える力となるためにも、指導者になりたいと考えたのです。じゃあ指導者って何だろうと思った時に浮かんだのが、政治家、教員、経営者という3つのキーワードでした。

 そこで大学卒業後は、まず母校で保健体育講師となり、後にスポーツマネジメントを学ぶために留学、帰国後はその経験と学びを生かせるベンチャー企業に就職しました。入社1年で役員になり多くの部下を持つ立場になったのですが、その頃に遭遇したのがリーマン・ショックです。会社も厳しい状況となる中、従業員を守らなければという思いから、雇用や労働政策への関心を高めていきました。それには、いつか国政に打って出るしかないと考えたのです。

 政治家になるには、実体経済を肌身で知る必要がある。そう考えて、独立・起業の道を選びました。28歳の時です。

 経営者になって見えてきたことは多くあります。1つは、国の雇用労働の法制度やセーフティーネットのあり方が、経営の実務や現場とは大きくかけ離れているという点。僕がやっていた事業は、健康や医療、介護、福祉、教育の分野だったのですが、どれも労働集約型で規制の多い業界です。実際に携わってみて、あらゆる規制が企業の足を引っ張っている現状を嫌というほど思い知らされました。逆に、ルールメイク次第で企業はもっと元気になれる、という確信も生まれました。

 そんな時に現れたのが、大阪維新の会です。規制にあえぐ大阪の一経営者にとって、ダイナミックな改革志向を持った政治集団の登場はまさに「福音」と同時に、彼らがどこまで本気なのか見定めたいという気持ちもありました。そうした動機から、2012年に維新政治塾に参加したのですが、思えばそれが人生の転換となったわけです。

 当時まだ何の実績もなく、でも大きな可能性を秘めていた維新の会黎明期、そして日本維新の会創生期に関われたことは、自分の政治人生における1つの誇りであり原点だと思います。

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