日経ビジネス、3月11日号特集「韓国 何が起きているのか」では韓国の経済や社会の情勢と同時に、関係修復の糸口が見えなくなっている日韓関係について世界の有識者の意見を掲載した。米ヘリテージ財団のブルース・クリングナー上級研究員は「日韓の対立はこれまでと異なる。米政府は仲介していない」とみている。
Bruce Klingner(ブルース・クリングナー)氏
保守系シンクタンク、ヘリテージ財団の上級研究員。担当は北東アジア、軍縮、ミサイル防衛。米中央情報局(CIA)と米国防情報局(DIA)に勤めた20年間、韓国オフィスのトップや韓国部門の副部長などを歴任し、韓国分析や北朝鮮の軍事分析に関わった。ヘリテージ財団には2007年に参画。テコンドーの黒帯3段。
日韓関係が再び厳寒期に入っています。
日米韓の安全保障に関わる官僚や将校は2国間、3カ国間の軍事協力が重要だということを認識している。とりわけ北朝鮮の脅威や、中国の懸念が増大していることを考えれば、ミサイル防衛システムの統合や協調とまでは言わないにしても、日米韓の3カ国で協力することは重要だ。
日韓は常に難しい関係にある。北東アジアをウォッチしているわれわれのような人間、そして日米同盟や米韓同盟に関わる米国人が特に懸念しているのは、日韓を巡る対立が以前とは異なっているように見えるからだ。これまでとは異なる3つの点がある。
第一の要素は日韓の防衛関係者が事態を収拾しようとしていないことだ。これまでも日韓の防衛関係者は世論の反発を防ぐため、防衛面で協力関係をおおっぴらに語ることはなかった。だが、韓国駆逐艦による今回のレーダー照射問題を見ると、両国の防衛関係者は影響の広がりを抑えようとしていないように見える。その点は気がかりだ。
第二の要素は経済だ。新日鉄住金の韓国内の資産差し押さえを認めた韓国の地裁の判決によって、他の日本企業も同様のリスクにさらされる可能性が生じた。日本企業が韓国でリスク資産を減らそうとするのか、それとも韓国でのビジネスそのものを縮小するのかは分からない。徴用工問題に伴う経済的な影響はこれまでとは次元が異なる。
第三の要素は日韓の対立に米国が関与していないように見える点だ。米国にとって、日韓は北東アジアの決定的に重要な同盟国であり、経済、外交上のパートナーだ。歴史問題のようなイシューは基本的に解決できないもので、公平な仲介者として関与するメリットはない。ただ、朴槿恵政権の時に日韓の歴史問題が再燃した時は当時のオバマ政権が舞台裏で動き、東京とソウルにかなり強いメッセージを送った。それが、2015年12月の慰安婦問題の「最終解決」合意につながったと考えている。
米政府による水面下の動きは分からないことが常だが、トランプ政権は現状で、そういった舞台裏の調整をしていないようだ。日韓の対立は誰かが水面下で解決に向けて動かない限り悪化し続ける。米国は日韓両国に関係改善に向けたメッセージを送るべきだ。
文大統領はお人好し
文在寅政権をどう評価しますか。
文大統領はあらゆる観点で見て、北朝鮮の擁護者、あるいは弁護士として行動している。北朝鮮の体制を承認しているし、北朝鮮以上に平和宣言に熱心だ。文大統領が北朝鮮の主張を受け入れると、韓国は北朝鮮に対する制裁解除に向けて動くようになった。
韓国政府の高官は平和宣言があくまでも政治的で、外交上のもので、世界に影響を与えるようなものではないと考えている。彼らは平和宣言の重要性を過小評価している。平和宣言にサインしても北朝鮮が行動を改める保証にもならなければ、核兵器や従来型兵器を用いないという保証にもならない。逆に、経済制裁の効果を弱め、国連軍の撤退や米軍縮小につながるといった恐れがある。
先に北朝鮮にメリットを与えようとする点では、文大統領も金大中元大統領や盧武鉉元大統領と同様にお人好しだ。最終的に北朝鮮が国際法や米国法、国連決議に従うというナイーブな希望を持っている。
米韓関係をどう見ていますか。
米韓関係や米韓同盟は良好で力強い。問題が発生しても乗り越えてきた。ただ、北朝鮮の非核化については米国と韓国に相違がある。韓国は非核化を米国と北朝鮮の2国間関係としてみる傾向があるのに対して、米国は非核化を多国間のイシューとして見ているという点だ。
北朝鮮の非核化を米朝の2国間の問題にすると「米国の敵視政策に対応しているだけだ」という北朝鮮の理論的枠組みを認めることになる。それは、北朝鮮の譲歩を得るために米国が譲歩しなければならないという圧力につながる。その状況を避けるには、多国間の問題と捉え、国連決議に違反しているために行動を取っているという形にする必要がある。
ブッシュ政権の時に北朝鮮の核問題で6カ国協議を主張したのも同じ理由だ。北の核の影響を受ける国々はそれぞれ異なる優先順位を持っている。米国の焦点は長距離弾道ミサイルと核兵器だが、日本は中距離ミサイルと拉致問題かもしれない。利害関係国が同じテーブルに着く6カ国協議であれば自国が懸念している問題を提起できる。今回の米朝首脳会談のように、トランプ政権のやり方はあくまでも2国間であり、米国対北朝鮮という構図になっている。これは避けなければならない。
「非核化は懐疑的にみている」
2月27、28日にベトナム・ハノイで米朝首脳会談が開催されました。何の合意も得られていませんが、将来的な北朝鮮の非核化についてはどう見ていますか。
非核化に向けたブレイクスルーも関係断絶もなかったという印象だ。トランプ大統領は首脳会談前、国連制裁を緩和するハードルを引き下げるかもしれないと示唆していた。だが、実際は派手だが中身の乏しい合意をはねのけて、北朝鮮の核開発に対する米政府の原理原則と同盟国を重視するという正しい判断を下した。悪いディールは何もしないより最悪だ。
今回の首脳会談の決裂は朝鮮半島危機につながると思う向きもあるかもしれないが、現時点ではその可能性はなさそうだ。トランプ大統領は金正恩委員長が核実験とミサイル実験を再開しないと約束したとコメントしている。経済制裁の強化など、北朝鮮の反発を招くような行動はしないということも示唆した。
事態を収拾するために、同盟国を含むすべての政府は次のステップを思案することになるだろう。今は軽はずみな行動を取る時ではないし、脅威を拡大させる時でも、米国と北朝鮮の間の認識のずれを埋めるためにさらなる譲歩をする時でもない。
首脳会談に先立って開催された実務者協議では非核化などの定義からズレが目立ちました。
北朝鮮の高官が私に実際に語ったことで、過去数十年にわたって米国が確認してきたことだが、北朝鮮はグローバルな軍縮として首脳会談を見ている。米国をはじめ他国が核兵器を捨て去れば、自分たちも核兵器を捨て去るということだ。一方、米国は国連決議の下、核兵器やミサイル、生物・化学兵器を完全かつ検証可能で不可逆的な手段で破棄することを求めている。
朝鮮半島の定義についても米朝で異なる。米国にとっての朝鮮半島があくまでも朝鮮半島なのに対して、北朝鮮は朝鮮半島に影響を与えるすべてのものを朝鮮半島に含めている。例えば、グアム基地に配備されている戦闘機は6時間で朝鮮半島に到達する。米軍の核抑止力や在韓米軍、日本に寄港している核兵器が搭載可能な戦術航空機、空母、潜水艦なども“朝鮮半島”に含まれる。このように、非核化の定義や朝鮮半島の定義からして米朝は異なっている。
実際に非核化はあり得ると思いますか。
私は26年間、北朝鮮を見てきた。その間、合意の反故は8回だ。北朝鮮の非核化についてはかなり懐疑的、悲観的に見ている。
日本と韓国の関係がかつてないほどに冷え込んでいる。文在寅(ムン・ジェイン)大統領が歴史問題を繰り返し持ち出していることだけが原因ではない。韓国国会議長は天皇陛下に謝罪を求める発言をし、日本の対韓世論は急速に悪化している。抗日独立運動100年を迎えた3月1日には、韓国政府が大規模な記念行事を開いた。なぜこんなに関係がこじれてしまったのだろう。日本に反発する動きの背景に何があるのか。韓国の政治や経済、企業活動の実態はどうなっているのか。日経ビジネス3月11日号
特集「韓国 何が起きているのか」では、その実相を探った。
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