コンビニ拡大とともに成長、フレーバー競争に突入

 ここで簡単にハーゲンダッツの歴史を振り返ろう。1960年代に米ニューヨークでポーランド系移民のルーベン・マタスがアイスクリームを高級デリで販売したのが発祥だ。「ハーゲンダッツ(Häagen-Dazs)」の商標は、実は造語だという。酪農王国デンマークの首都コペンハーゲンの「ハーゲン」と、その響きに合いそうな「ダッツ」という語を、創始者のマタスが組み合わせたそうだ。

 日本に上陸したのは1984年。当初は東京・青山に設けた1号店を皮切りにショップを各地に展開したほか、百貨店で限定的に販売していた。日本では85年に米カリフォルニア州サンタバーバラからアイスクリーム店「ホブソンス」が東京・西麻布に進出して長蛇の列ができるなど、高級アイスクリーム需要に火がつき始めた頃だった。

 海外のアイスクリーム市場は定番商品が主流だが、日本ではコンビニの急拡大と販売競争の激化によって、メーカーでも様々なフレーバーを開発・投入する多様化が急速に進んでいった。コンビニや量販店でカップ商品を置いていく販売ルート整備が中心となっていった。

ハーゲンダッツジャパンのマーケティング本部でクリスピーサンドを担当する太田香織さん(写真:山影誉子)
ハーゲンダッツジャパンのマーケティング本部でクリスピーサンドを担当する太田香織さん(写真:山影誉子)

 そんな競争の激しい日本の消費者が驚き、感動する商品で差をつけたいと、ハーゲンダッツジャパンは94年に『WOWプロジェクト』と呼ぶ独自開発をスタートさせた。「95年には日本法人にR&D(研究開発)センターができました」(太田さん)。高級なイメージと価格帯を維持しながら、大人に訴求できるフレーバーの開発が強化されていったという。

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