
3列シートのSUV(多目的スポーツ車)。日本ではまだ新しいこの市場で快走しているのが、2017年末に発売されたマツダの「CX-8」だ。18年には3万台以上を販売し、同分野での市場シェアは約5割。デザインと居住性を両立させたクルマとしての評価は高く、19年に入ってすでに1万台以上を出荷している。
「普段使いできて高級感がある」「多人数でも1人でもさまになる」――。そういった購入者の声こそ、CX-8の開発陣が求めていたものだろう。17年12月にこの車が発売されるまで3列シートSUVは、国産車では派生モデルでしか存在しなかった。
マツダが狙ったのはSUVのデザインと走破性、ミニバンの居心地の良さのいいとこ取り。約4年かけた開発で難しかった点について、開発責任者の松岡英樹主査は「3列目のシートの居住性をいかに確保するかだった」と語る。日本の立体駐車場に入れる場合、全長の限度は「4m90㎝」(松岡氏)。この中に3列目のシートを詰め込めばスタイルが犠牲になり、SUVらしくなくなる。
14年に最初に起こしたデザインは「社内で評判が悪く、こんな車はいらないと言われた」(同)。そこでチームは徹底的な市場調査に乗り出した。ショッピングモールや遊園地の駐車場に出向いて、ミニバンの3列目に誰が乗っていることが多いかを観察し続けた。結果は「大半が高齢の女性」。そこで、身長170㎝の人が違和感なく乗れるサイズに照準を絞り込んだ。
次に注力したのは乗り降りのしやすさだ。3列シートにとって最も相性のいいドアがスライドタイプだが、SUVでは使えない。かといって後部ドアの開口が大きすぎると、開け閉めのスペースが必要になる。そこで、後部ドアの形状を上部は長く下部は短くなるように工夫し、2列目を倒して3列目に乗り込む動作をしやすくした。
さらにこだわったのが、高速運転時などの車内の静粛性だ。「3列目の乗り心地を2列目と変わらないようにしたかった。タイヤの音が伝わらないようにするなど、構造に最後まで手を入れ続けた」(松岡氏)。デザインが固まったのち約2年を経て、「街乗りから高速走行まで余裕のある走り」「乗客が楽しめる快適性と静粛性」という文句を打てるクルマが完成した。
発売当初には月1200台の販売を計画していたCX-8だが、実際にはその2倍のペースで売れている。輸入車の3列シートSUVの場合、販売価格が1000万円クラスのものが多い。高級モデルでも税込み450万円未満のCX-8は新たな選択肢で「不満の声は少ない」(マーケティング担当の二宮誠二氏)という。
もちろん、課題はある。マツダによると、CX-8の購入者はミニバンからの乗り換えが21%、通常のSUVからが24%。購入者の年齢層も30代以上から60代以下までと幅広く求めるニーズは多彩だ。顧客の幅の広さは開拓の伸びしろが多いことを示すが、一方で、新たな固定ファンを育てるためのターゲティング戦略は分散しかねない。
18年11月には、要望する声が大きかったガソリンエンジンモデルを追加投入した。「今後もどんな要望が出るかは想定できないが、できる限り対応していきたい」(二宮氏)とするが、経営資源は限られている。いかに特徴を出しながら「3列SUV」を根付かせるか。そんな期待を乗せて走ることも、先駆者の役割になりそうだ。
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