それは、従来のファミレス像の否定ともいえた。
デニーズが1号店を開いた当初から主要顧客として想定してきたのは、夫婦2人に子ども数人という家族だった。たまにはぜいたくしようかという週末に、ハンバーグでもとんかつ定食でも、豊富なメニューから家族が思い思いに好物を選ぶ。特別な日には、子どもたちは食後のパフェも頼ませてもらえるかも……。
メニューや店内レイアウトは、すべてそんな利用シーンを前提に形作られてきた。チェーンとして均一化された料理とサービスを提供するからこそ、それがブランドとしての安心感や信頼につながっていた。「ブランドの大幅な見直しは、45年間ほぼやったことがなかった」。大塚執行役員は語る。
だが、日本人の暮らしは45年で大きく変わった。たとえば女性の社会進出が進み、同じ一人の女性であっても、家庭では母として、職場では上司や部下として、様々な「顔」をもって暮らすようになった。家で手作りする料理が「普段の食事」で、外食が「ハレの日の食事」。そんな区分けも、コンビニエンスストアやスーパーマーケットが中食メニューを拡充したことで変わってきた。
リニューアルにあたって心がけたのは、同店でしか味わえない体験の提供だ。来店した客はまず、テーブルではなくガラス張りのキッチン脇のスペースに通され、日替わりで10種類以上あるデリメニューの案内を受ける。「イベリコ豚と濃厚たまごのカルボナーラ」を頼んだら、店員がテーブル席のすぐそばまでやってきて、チーズをその場で削ってくれる。


個人経営のレストランであれば、そこまで珍しいサービスではないかもしれない。だが数十年の歴史をもち、接客やメニュー開発などで一定の実績がある会社であればあるほど、過去の成功体験を裏切るようなリニューアルは難しい。
冒頭の肉の盛り合わせでいえば、ファミレスとしてはかなり高価なメニューといえる。だが、イタリアンレストランなどで注文することを考えれば、3000円台というのは良心的な値段設定。本格的な料理を、ファミレス+αの価格で楽しむことができる、という位置付けになる。
それは他のメニューについても同じ。通常のデニーズの客単価は1000円強だが、リニューアル後の八雲店の客単価は1600~2000円に及ぶ。「きちんとしたものを食べたいというニーズが高まっており、それに応じた価格なら財布を開いてもらえる」(大塚執行役員)。実際、同店の売上高は改装前の前年と比べて2割ほど伸長している。
もちろん、全国のデニーズをすべて、八雲のような高級路線店に転換できるわけではない。だが地域特性にあわせて店舗を開発する取り組み自体、チェーンストア展開で効率化を高めてきた従来のファミレス像とは明らかに異なる性質をもつ。今年4月には東京・幡ヶ谷に高級路線を打ち出した2号店を開く方針。こちらは店名にデニーズを冠さないことも検討している。

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