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 この体験によって、私は内向的で物事を深く観察する性格が培われたのだと思います。

 私の性格が内へ内へと向かったのは、母の影響もあります。家は裕福で、仕事が忙しかった父は、私にあまり口出ししませんでした。一方で母は私にかかりっきりになります。ご飯のときにはいつも、豚肉の一番脂の乗ったおいしい部分をくれましたし、よく膝に抱き上げるなど、溺愛していました。

 私はそんな母の愛情に感謝しつつも、このままでは自分がだめになってしまうような気がして、いつも反発していました。

 母は私のことを「おまえは情熱的で頑固すぎるところがある。もう少し理性的になってみたらどうか」とよく言っていました。周りに同年代の人がいないから、ますます自分に固執して我が強くなる。

 同時に「私は誰か」「人生はどうあるべきか」と早くから考える早熟な少年でした。

 12歳のとき、家を出る決心をしました。愛する息子が家を出ると聞いたら、母はきっと悲しむはずです。そこで私は一計を案じました。「田舎にいてはきっと学校の試験に受からない。だから町に出て勉強したい」と。

 その結果、私は家を離れることになりました。

 京都大学に進学するために日本に行くまで、最初は先生の家に、その後は友人の家に居候して学校に通いました。

 居候の身では、自分の家と同じように振る舞うわけにはいきません。「居候、三杯目にはそっと出し」という言葉がありますね。まさにそれを地でいく生活でした。こうして私は家を出て初めて他者との関わりを学んだのです。

伝統と進歩が止揚して文化が育まれる

 人間というものは、2つの欲があると思うんです。1つは共生的環境からの分離の要求。簡単に言えば、他者とは違う人間でいたいという要求です。そしてもう1つが、自分を守ってくれる対象に近づこうとする結合への要求。

 この2つが拮抗して人間の自己が形成されていくのでしょうね。人生の中で、離れたりくっついたりを繰り返す。それは言い換えれば、自由と不自由の繰り返しでもあると思います。人間って、そういう衝動を持つ生き物なんですよ。

 相反するものが反発し合い、ぶつかり合うことは、一個人の人生のみならず、歴史の必然であるとも思います。

 人間の歴史、文化は「伝統」と「進歩」という、一見相反するかのように見える2つの概念をいかにアウフヘーベン(止揚)するか、つまり乗り越えてきたかという歴史の繰り返しです。「進歩か伝統か」という二者択一はあり得ないのです。