全7135文字

 それに対して佐藤さんは、人口さえ減らなければ、それは喜んで住んでいることを意味するんだ。だから人口を減らすな。こういう話でした。

 それで沖縄へ行って、どうやって人口を保つかを考えました。その時、気がついたんです。戦後日本というのは、官僚が東京一極集中政策を猛烈な勢いでやっていたんですね。それで特に全国規模の頭脳活動、つまり、経済産業の中枢管理機能と情報発信と文化創造活動の3つは東京以外でしちゃいけない、ということになっていた。

官僚が進めた東京一極集中の弊害

 だから金融貿易は東京以外でしちゃいけない。大きな会社の本社も東京に置け。そのために各種業界団体の本部事務局は東京に置けと。つまり、沖縄での頭脳活動は一切ダメというわけですよ。地方は頭がないんだから、手足の機能に専念しろ。つまり、農業や製造業、建設業の現場になれ、というわけです。その代わりに東京はお米を高く買い、建設補助金をばら撒き、公共事業を盛んにするという仕掛けにしていたんですね。

 そんな官僚が作った規制から外れているのは、観光業しかありません。それで沖縄で観光開発を打ち出し、海洋博覧会を契機に沖縄を訪れる観光客の数を10倍にしようという話を作ったんです。

 その時にお目にかかったのが、世界的な観光プロデューサーと言われたアラン・フォーバスというアメリカ人です。この人は、当時の日本で行われていた観光開発は全部間違っている、と言うんです。道路を造るとか、飛行場を造るとか、ホテルを建てるとかいうのは、これらは観光を支える施設ではあるが、観光の施設ではないと。

 じゃあ、観光に必要なものは何かというと、「あれがあるからそこへ行きたい」という“アトラクティブス”だと言うんです。それは6つの種類がある。ヒストリー、フィクション、リズム&テイスト、ガール&ギャンブル、サイトシーン、そしてショッピングだと。この6つの要素のうち3つそろえろと言うんですね。

沖縄の悲しい歴史にはあえて目をつむった

 それで結局、沖縄の観光開発では歴史にはあえて目をつむろうと考えました。当時、沖縄へ来る観光客のほとんどは「ひめゆりの塔」とか、「摩文仁の丘」とか、つまり戦争の悲しい歴史だった。それよりも、風光明媚を売ろうと。それで篠山紀信さんに撮影を頼んで、南沙織さんという若い歌手をモデルにして『美しき沖縄』という写真集を撮ったり、あるいはあえて批判精神に溢れる加藤登紀子さんや田端義夫さんに『西武門節』や『十九の春』という沖縄民謡を歌ってもらったり。そして最後に、沖縄は健康ランドというフィクションを流行らせた。プロ野球のキャンプは、その目玉です。