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そのころからテレビに社員の方を出しているんですか。

髙田: 事件当時、すでに社員5人ぐらい、テレビでしゃべっていました。適した人を私が指名してしゃべらせていった。しゃべるプロじゃないけど、「この子だったら、人を感じる力があるな、人間性を出していけるな」という人を中心に僕は選んできましたね。

「孤独な決断」が100年企業を作る

その後、15年に旭人さんが社長に就任します。かなり組織を固めていったんですか。

髙田:特にステップはなかったです、正直言って。やろうと思えば、僕が80歳まで社長ができるんですよ。でも、若い人が経営を継いで100年企業になるには準備期間もいる。

なぜ、100年企業にするには、80歳までやってはいけない?

髙田:経営者としての修行がいるんですよね。トップは何がきついかといったら、孤独なことだと思う。すべての決裁をしなければいけない、どんなに大きい問題でも。その決裁はすべて社長にかかっている。30代、40代からそういう経験をたくさん積んでいくことが、会社を成長させていくことにもなるわけです。会社の成長というのは世の中のためになる。それで、息子が35歳の時に継いだ。

大企業を30代で継いだのだから苦労された。

髙田:その時、売り上げは1500億円を超えていましたからね。それは大変なことだったと思うんですよ。今、彼は39歳で今年は2000億円を超えたようです。で、60歳ぐらいになったら新しい人に継ぐのかな。

そんなに早く新陳代謝させるんですか。

髙田:だって、僕も辞めてわかったけど、ジャパネットだけが人生じゃないですから。まあ、彼は不易の部分、そこをまじめに考えている。そこは100年経っても会社が引き継いでいってほしい。

 「迷惑を掛けちゃいけない」「世の中のためにやらなきゃいけない」という会社になる理念は持っている。事業承継はそこだと僕は思うんです。どんなにスキルがあっても、変わらない理念につながったマインドを持っている人でないと、事業は継承させられないんです。違った感覚でやられてしまったら、企業の理念ってすぐ潰れちゃう。