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 旧ユーゴスラヴィア内戦の中で、音楽を奏で続けた日本人がいる。指揮者・大野和士氏。新国立劇場オペラ部門芸術監督・東京都交響楽団音楽監督だ。自身の体験を踏まえ、「音楽は国境も民族や人種の差も超える」と確信している。

 中国の台頭などで国際的な存在感が低下しているとも言われる日本。だが、世界で活躍し続けている人物や果敢に世界に打って出る人物もいる。日経ビジネスは2月4日号の特集「世界を動かす日本人50」で、世界を舞台に新たな地平を切り開いている日本人にフォーカスした。特集記事では、50人を紹介している。

 日本を代表するオペラ劇場とオーケストラのトップを兼任する。「条件がそろえば、音楽は国境も、民族や人種の差も超え得る」というのが信条だ。この境地に至ったのは、30歳のころ。指揮者としてのキャリアをスタートしたクロアチアのザグレブ・フィルハーモニー管弦楽団での経験が基になっている。

旧ユーゴスロヴィア内戦の中で音楽を奏で続けた(写真:北山 宏一)

 音楽監督として活動していたが、旧ユーゴスラヴィア内戦が勃発。楽員の中には出征するものも現れ、練習はたびたび空襲によって中断された。ただ、そんな中にあっても、演奏会は一度として中止しなかった。敵対し合う立場のクロアチア人とセルビア人の楽員が共に活動を続けた。

 むしろ内戦が激化した時期にこそ、来場客は増えた。「人間は感動する特権を与えられた存在。感動し生きていることを尊ぶ気持ちが脅かされたからこそ、人間であることを確かめに音楽を聴きに来ていた」

 現在の目標は東京発の新作オペラの世界展開だ。第1号となる平安時代の歌人を主人公にした「紫苑(しおん)物語」は今月が初演。音楽の力を信じて、壮大な挑戦にとりかかる。