どんな作曲家の音楽を聴いたのでしょう?

坂本:フォーレというフランスの作曲家の作品です。ドビュッシーよりも少し上の世代の大作曲家です。あまり食指が動かなくて何十年も聴いてこなかったんですが、この際だと思ってまとめて聴きました。聴いているうちに耳が慣れて段々と好きになりました。

 あとはオマーラ・ポルトゥオンドという80代のキューバの女性歌手です。もともと知ってはいたのですが、ちゃんと聴いたことはなくて、ふと耳にしたら自分でも驚くほど涙が出たんです。彼女の声の魅力というのかな。声というのはその人の生の力そのものが出るでしょう?

 年とともに涙腺は弱くなっているのですが、僕は普段あまり音楽で感動しないんです。音楽を聴いて涙を流すなんてなかなかないので、自分でも驚きました。生のみなぎる力が声に出ていたんだと思います。僕自身も弱っていた時だったから。

 その後、彼女の若い頃の歌声も聞きましたが、そちらはあまり感動しなかった。自分が若い時に聴いても感動しなかったかもしれない。音楽との出会いは人との出会いに似ていて、年を重ねたからこそ出会うということがよくあります。彼女の歌声に涙を流したのは、今の自分だったからだと思います。

年を取って知識や経験が増えるほど、知らない世界がなくなって感動が薄れていくという面もあるような気がしますが、そうではありませんか?

坂本:必ずしもそうとは言えないと思います。若い頃の自分を振り返ると、自分は何でも知っていると思い込んでいました。若者の多くは傲慢なものですから。ただ、年を取るにつれて、自分がいかにものを知らないのかということが分かるようになる。音ひとつを取っても、どんどん知らない音が出てくる。残された時間が減っていくのに、知らないことはどんどん増えてしまうので困ります。

いずれピアノが弾けなくなる日のことを想像することはありますか?

坂本:いや、もうだいぶ弾けないですから。若い時に比べたらボロボロですよ。ただ、言い訳するわけではありませんが、若い頃には出なかったニュアンスや音色(おんしょく)は少し出せるようになったかなという気がします。先ほどのキューバの歌手と同じで、若い時の音と、ある程度、年を取らないと出せない音というのはあると思うので。

坂本さんの10年後の音楽は今とはまた違う?

坂本:もうちょっと枯れたらいいなと願っています。80歳になったらどういう音になるのかな、なんて想像していますけど。

「枯れる」というのは坂本さんにとっていい変化なんですね。

坂本:僕にはそうです。僕にはね。逆にYMOの頃、元気がよかった頃の自分の音を聞くとものすごく乱暴に感じる。よく言えばエネルギーに満ちているんだけど乱暴。あんな乱暴なものはもう弾けないです。どう転んでも、あんな音は出せません。ただ、あの頃の僕は今の僕のような音は出せないはずなので、お互い様ですね(笑)。

坂本さんを描いたドキュメンタリー『Ryuichi Sakamoto:CODA』に東日本大震災で流された津波ピアノが出てきます。壊れて音が狂っている津波ピアノを弾くのはなぜでしょう?

坂本:1990年代の前半から地球温暖化に関心を持ち始めたことで、環境問題に限らず、自然について考えるようになりました。同時に、自分の老化も意識するようになり、なおさら自然を意識するようになった。

 日々の生活はほとんど100%人工物に囲まれているけど、自分の体は自然物です。生きるのに欠かせない食べ物や飲み物、空気も自然物です。われわれは自然物に囲まれて生きているのに、人間はそれを忘れて人工物ばかり作っている。これはおかしいと思うようになったんです。

 そうなると、今度は人工的な音楽を作ることに対しても疑問が湧いてきました。ピアノを見ても、人間が調律して「正しい」と言われている音を出しています。過去の音楽家は正しいと言われている音でそれぞれの世界を作り上げてきました。でも、その音は人工的なものではないのか、と。その疑問は今もどんどん大きくなっています。じゃあ、その答えがどこにあるのかというのは一生懸命自分なりに考えているところです。

「自然が調律し直してくれた」と坂本さんが語っているように、津波ピアノは津波に洗われて自然に戻りました。

坂本:あのピアノは音程がずれているわけですから、普通の音楽に入れればおかしくなるでしょう。間違った音と言われてしまうかもしれない。ただ、おかしい、おかしくないという判断も全く人工的なものですから。僕はああいう音が混じってもおかしくないような、ああいうものを受け入れられるような音楽を作りたいと思っています。

CODAの中には、純度の高い水の音を採るために北極圏に行くシーンがあります。これも知らない音、自然の音を探すためでしょうか。

坂本:あれは、たまたま北極圏に行くプロジェクトに誘われたので、行った先でいろいろな音を採集していたんです。われわれを取り巻く環境音に対しては、ずいぶん昔、学生の頃から興味を持っています。何年か前にニューヨークで大停電があったでしょう? あの時に外を歩きましたが、これがニューヨークかというくらい静かでした。普段、どれだけの人工的な音が集積されているかということだと思います。

 反対に、みんなが寝静まった夜中の3時、4時に、友人が泊まっていたタイムズスクエアのホテルの窓を開けて音を採ったこともあります。夜中なのでクルマの音はほとんどなく、代わりにゴーっという音が響いていた。

何の音だったのでしょうか?

坂本:何百万個というエアコンの音だと思います。ニューヨークは各部屋の窓にエアコンがついているところが多いので。普段はクルマの騒音でかき消されていますが、クルマの音がしないとエアコンの音が響いている。ああ、これがニューヨークの音なんだと思いました。