正社員対非正規社員、大企業対中小企業……雇用形態や所属によっておかれた環境がまるで異なる、雇用市場の「二重構造」化が進んでいる。そして、格差論の基になっている、「正規社員の雇用を守るために非正規社員が調整に使われている」という議論は実態をきちんと反映しているのだろうか。
正社員と非正規社員の間に横たわる「二重構造」の中身について最近、一橋大学の横山泉准教授と沖縄国際大学の比嘉一仁講師との共同研究を発表した東京大学公共政策大学院の川口大司教授に聞いた。
最近、正規雇用と非正規雇用の関係について論文を発表されました。製造業において、非正規雇用の社員は正規雇用の社員を守るための調整弁であったと、季節性や景気などほかの因果関係を識別し、印象論だけでなくデータで因果関係を見極めたものですね。双方を別々の労働市場として捉え、いわゆる「二重構造論」を議論されています。

東京大学公共政策大学院教授
1994年早稲田大学政治経済学部卒業。96年、一橋大学大学院経済学研究科修士課程修了。2002年、米ミシガン州立大学で博士号取得(Ph.D.)。大阪大学社会経済研究所、筑波大学社会工学系、一橋大学大学院経済学研究科などを経て2016年から現職及び同経済学研究科教授。(写真は陶山勉、以下同)
川口大司・東京大学公共政策大学院教授(以下川口):二重構造論は、日本では、以前であれば大企業と中小企業という分け方だったのですが、だんだんと正社員と非正社員の二重構造論に変わってきたような印象があります。注目されるようになったのは、ここ15年ぐらいではないでしょうか。2000年代に入ってから徐々に認知されてきたように思います。
そもそもの賃金格差は話題になってきたのですが、非正規社員が雇用の調整弁になっているという議論は、2008年のリーマンショックのころにもたくさんありました。ところが、実証研究は意外に少なかったのです。因果関係の識別が難しい。
というのも、非正規労働の社員が増えてくると、そのことで労働調整が簡単になる。数が増えること自体が、生産量を上下動させるようになるのです。
私たちの関心は、先に景気変動など外生的な要因で生産量が上下したときに、正社員と非正規社員の労働調整がどう影響を受けるのかを見ることにありました。
今年のノーベル経済学賞でランダム化比較試験が注目されました。川口教授の研究もその一種で、ほかのショックから受ける影響をできる限り取り除きながら、因果関係の有無を見極める分析をしたわけですね。
川口:企業が外生的なショックを経験したときに、どう労働が調整されるかに関しての研究自体は世界中にあります。イタリアの研究が最初でした。この研究では、為替レートの変動を外的ショックとして使っています。為替の変動は、企業にとっては外生的な変動で、しかも変動の幅が大きいからです。
リーマン・ショックが起こる前は円が安くて、1ドル120円ぐらいでした。それがリーマン・ショックによって、安全通貨としての日本円への需要が高まることで円高が急激に起こり、80円ぐらいまでいきました。その意味ではショックがきている。
しかし難しいのは、円高では全員が同じショックを経験してしまうのです。円高の影響が及ぶグループと、影響が及ばないグループのような分け方ができない。
そこで私たちは、輸出をしている企業としていない企業で分けてみたのです。輸出をたくさんしている企業ほど、円高がやってきたときにショックが大きい。輸出をたくさんしている企業、していない企業の双方で、円高になったときの雇用調整がどう起こるのかを見てみた。
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