中国半導体大手の紫光集団は11月15日、国内半導体大手だったエルピーダメモリ(2013年に米マイクロン・テクノロジーが買収)の元社長である坂本幸雄氏を、高級副総裁兼日本子会社のCEO(最高経営責任者)に起用すると発表した。紫光集団は19年6月、DRAMの製造への参入を表明しており、同事業の経験が豊富な坂本氏を幹部として招へいした。エルピーダの経営破綻から7年、中国企業でDRAMに再挑戦する狙いを聞いた。

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坂本幸雄(さかもと・ゆきお)氏
1947年群馬県生まれ。70年日本体育大学体育学部卒業、日本テキサス・インスツルメンツ(TI)入社。93年副社長。神戸製鋼所、UMC日本法人などを経て2002年エルピーダメモリ社長に就任。12年会社更生法の適用を申請後、13年に退任。エルピーダ退任後はコンサルティング会社や半導体開発会社サイノキングテクノロジーを設立していた。(写真は加藤康、以下同じ)

紫光集団入りを決断するとは驚きました。まずは決断の背景を教えてください。

坂本幸雄氏(以下、坂本氏):実は紫光集団からの誘いは初めてじゃない。3年前にも誘いはあった。「一緒にNAND型フラッシュメモリー事業を立ち上げましょう」と。当時、私は69歳で、「どうかな?」と思い断っていた。

 すると今年9月に再度、紫光集団から誘いを受けた。「DRAMだけでも一緒にやりませんか」とね。現在72歳だが「まだ誘われるのか」と驚いた。

このままではみじめな人生で終わる

一度は断ったのに、3年たった今回承諾した理由は。

坂本氏:私自身、2012年に社長だったエルピーダメモリで(資金繰りの悪化から会社更生法の適用を申請せざるを得なかったという)苦い思い出がある。このまま死んでしまえば、みじめな人生になってしまうという思いもあった。白黒つけたいとの思いは心の底にあった。

 エルピーダ倒産の2年半後に半導体研究会社「サイノキングテクノロジー」を設立し、中国の合肥市との連携でDRAMの事業化を目指したが頓挫した。12年の苦渋の思いを7年間心にため続けていたんだ。72歳になって「このまま負け犬では終われない」と思ったのが承諾した理由だ。

 実はエルピーダの社長を退任した際に、コンサルタントとして雇ってくれたのが中国の友人だった。その友人は今回の件に関係していないが、恩返しをしたいとも思った。

3年前にフラッシュメモリーで誘いを受けた際の「どうかな?」という思いは具体的に何だったのでしょうか。

坂本氏:フラッシュメモリーの技術面と私自身の体力面を考えての話だ。紫光集団は、米半導体大手スパンション(現在は米サイプレスセミコンダクタに統合)が手掛けていた「NOR型フラッシュメモリー」の技術をベースにNAND型フラッシュメモリーを開発していく方針を示していた。NAND型フラッシュメモリーの大手である韓国サムスン電子や東芝をマネしなければ追いつくのが難しいと考えていた私は実現性に疑問を持った。当時は69歳だったので体力面も不安があった。

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