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デュフロ教授は、2010年に米国でジョン・ベーツ・クラーク・メダル(40歳以下の優秀な米国人経済学者に与えられる賞。ノーベル経済学賞の登竜門ともいわれている)を受賞する以前から、フランス国内で数多くの栄誉ある賞を授賞しています。フランスの人々も積極的に応援していたのですね。

澤田:冒頭に申し上げた通り、受賞理由にあるRCT自体は新しく考案されたわけではありません。因果推論(causal inference)、因果関係をきちんと識別する流れはすでにあった。さかのぼれば、ロナルド・フィッシャーらが1920~30年代に英国荘園の圃場実験でRCTを使っていたので、フィールド実験の考え方がすでに100年ぐらいは続いていて、土台があります。それを世界の貧困削減の文脈で実践的に導入し、成功を収めたということが貢献なのだと思います。視点は変わりますが、ここでさらに興味深い事実があります。

 J-PALの冠になっているアブドゥル・ラティフ・ジャミールは世界の有力ブランドの販売代理権取得をなりわいとしているサウジアラビアの会社ですが、トヨタの中東・北アフリカ・トルコでの販売代理店として知られています。

サウジアラビア最大の自動車流通ネットワークを構築していますね。日本とも深い関係がある。ジャミールのウェブサイトでも、ノーベル賞受賞を祝うメッセージが日本語で掲載されています。同社はMITでJ-PALのほか水と食糧、教育、機械学習と医療の3つの研究センターにもかかわっています。MITと相当関係が深い。

澤田:ジャミールのモハメッド・アブドゥル・ラティフ・ジャミール会長兼最高経営責任者はMIT出身で、MITにかなりの資金を拠出して貧困研究を立ち上げました。ですからデュフロ教授の肩書は、アブドゥル・ラティフ・ジャミール貧困削減・開発経済学プロフェッサーなんですね。冠つき講座でジャミール教授。こういった民間企業の役割も大きかったと思います。

バナジー教授、デュフロ教授と日本のつながり

 今年4月にバナジー教授と会ってADBとの連係を相談したのですが、「実は日本とは関係が深いんですよ」と話されていて。つまり、これはジャミールのことです。実はジャミール会長の息子ハッサン・ジャミール氏は東京大学のグローバル・アドバイザリー・ボードのメンバーです。世界中の大企業関係者がメンバーになっています。私も関与して、東大で貧困研究の冠講座をつくろうとしたこともあったくらいですから。

モニター画面左からアビジット・バナジー氏、エスター・デュフロ氏、マイケル・クレマー氏(写真:AFP/アフロ)

ハッサン氏はジャミールの副会長ですが、上智大学を卒業して、トヨタで働いた経験もあるようです。

澤田:現場を巻き込んで貧困削減、貧困問題の実践的研究といったって、先立つものがなければ何もできないですよね。デュフロ教授の肩書はジャミール教授ですが、共同受賞したハーバードのマイケル・クレマー教授の肩書にはビル・ゲイツの冠がついています。

アウトリーチしながら、民間からも強力にバックアップを受けてめざましい業績を出してきた研究が、今年のノーベル経済学賞を受賞したということですね。そういうスケールの大きい戦略的な発想は、日本ではみられないですね。長期的視点で、研究活動もきちんと中身を見て、世論にも働きかけながら社会貢献に辛抱強く投資を続けていく。

澤田:MITは戦略的に活動しています。日本でも、文部科学省の科学研究費とか厚生労働省の科学研究費はとても重要な研究資金ですが、やはり10年ぐらい、あるいはより長いスパンで研究プロジェクトを考えなければいけないと痛感させられます。

 東大でも民間の寄付講座を受け入れるのですが、私の知る限り、何十年も確保できるような寄付講座を受け入れることはほとんどない。既存の枠組みも決して悪くはないので、スケールアップしてもっと長期的な視点に持っていく必要があると思っています。