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山梨県で印章業が盛んな理由は甲州が水晶の産地であり、その加工技術が発達したためだ。1873年(明治6年)の太政官布告によって証明書への実印使用が定められると、山梨県一帯の印章業者は隆盛を極めた。だが、菅新政権が推し進めるデジタル改革の中で、「はんこ」は行政効率化の阻害要因としてやり玉に挙げられ、山梨県にとって逆風が吹いている。長崎幸太郎知事は、この状況をどう見ているのか。話を聞いた。

山梨県の長崎幸太郎知事(写真:的野 弘路)

菅新政権では河野太郎行政改革担当大臣が矢継ぎ早に「はんこレス」の施策を推進しているが。

長崎幸太郎知事(以下、長崎氏):そもそも、はんこに反対している人はいるのだろうか? いま、政府が進めているのは押印の省略であって、はんこの存在そのものを否定するものではない。世の中の報道を見ても、はんこの問題と押印の問題が区別されていない。先日、加藤勝信官房長官を訪問したが、実印制度は残すと明言された。はんこは廃止されない。

 報道機関にお願いしたいのは押印の省略とはんこの廃止を分けて言葉を使ってほしいということ。だが、報道がそうなってしまった理由もある。そもそも河野大臣が就任直後に「はんこ廃止」と述べたからだ。これを内閣府がそのまま記述した。あまりにも不見識だとして、自民党の議員連盟を通じて抗議をした。はんこを廃止するなら御璽(ぎょじ:天皇が公式に用いる印章)も廃止してみろと。

 知っていただきたいのは、我々は様々な手続きの電子化に対して大賛成であるということだ。リモートワークを進める上で手続きの電子化は有効だし、東京から近い山梨県はリモートワークが進めば最大の受益者でもある。デジタル化はどんどん進めるべきだし、デジタルで完結すべきものがあってしかるべきだとも思う。政府の動きを支援したい。

 だが、同時に紙がいいという人もいる。どこまでデジタルで完結する世界をつくるのか、そしてそれはなぜなのかという議論が必要だと思う。押印についても何に対して求め、何について求めないのかというクライテリア(判断基準)についての議論がなされていない。まずはここを議論すべきだろう。

デジタル化が進むと県下に印章業者を多数抱える山梨県にとってダメージでは。

長崎氏:印章そのものの存在を否定することはやめてほしい。誇りをもって働いている人たちが大勢いる。山梨県市川三郷町の町長いわく、はんこを作る業者は約60社ある。文化産業に携わっている人々であり、キャッチーだからという理由だけではんこの存在そのものを否定し、誤ったイメージが流布するのは看過できない。

 行き過ぎれば今度は自粛警察ならぬ、はんこ警察が出てくる。はんこを使っている人に対して「なぜはんこを押しているんだ!」という人たちが出てきてしまう。今回のコロナ禍で分かったのは、日本の現状として人々が行き過ぎた行動をしてしまう点。デジタル化が進めば、はんこの需要が減っていくのは間違いない。だが、真に改革を進めたいのであれば、これまで文化を支えてきた人たちへの配慮や思いやりが必要ではないだろうか。多くの人の賛同が得られて初めて改革は進む。少なくとも私はそう思っている。