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 若い研究者はイエスマンになってはいけないと思いますよ。とんがっているだけではダメかもしれませんが、回りの反対を押し切ってでもやり続けるような意志が不可欠です。その挑戦で名をはせて世界に認めてもらったら、ちゃんと腰を低くしてこうべを垂れなさいよ、というのが「実るほど……」という言葉の意味なんだと理解しています。

科学分野のノーベル賞を受賞した日本人は吉野さんで24人目です。この実績を見ると日本は科学技術の研究で世界をリードしてきたと言えますが、今後をどう見ていますか。

 私が今回の受賞対象の研究を始めた40年ほど前は、大学と企業の研究のどちらも自由度が高かったと思います。高度経済成長を経て社会が成熟しつつある中で、そろそろ次を考えなければならない時期でした。何でもいいから、とにかく次の新しいことにつながる研究をやってくれと。その中で実際に取り組んで、うまくいった人がこれまでノーベル賞を取ってきたのだと思います。

 今は、大学の先生が外部からの資金集めのための書類作りに追われて、実際の研究がほとんどできていませんね。その状況を危惧しています。

 昔の大学では、先生の好み次第で役に立つかどうか分からないような研究をやってきました。そこで、役に立たない研究ばかりになってしまうことを恐れて文部科学省が大学改革を進めた。役に立つ研究を推奨することは間違いではありません。ただし、(現状は)中途半端です。

 理想的な大学の姿は、徹底的に社会の役に立つ研究をする先生と、役に立たないかもしれないが真理の探究や自らの好奇心に基づく研究をする先生が半分ずついるような状況だと思っています。

 役に立つ研究をする先生は、「何年後にこういうものを世の中に出す」という目標を決めて、それに必要な研究を一生懸命やる。そこでは100%に近い成功確率を求められます。

 もう一方の役に立たないかもしれない研究をする先生は、成功確率は1%で構わない。その分、とんでもない成果を出してもらって100倍のリターンを得られたらいいのです。

 今の日本の大学は、ほとんどの先生がその真ん中あたりをうろうろしてしまっている状況です。確実に役に立つ応用研究に集中するわけでもなく、真理を探究する基礎研究に没頭するのでもない。この中途半端な状況が心配です。

受賞後に開いた10月10日の記者会見でも日本の研究環境の課題を口にしていた(写真:AFP/アフロ)