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 「幸福学」の第一人者として知られる慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授(工学博士)。もともとはロボットや脳科学の研究者としてロボットの触覚や心の研究に携わっており、15年ほど前に発表した「受動意識仮説」は大きな反響を呼んだ。

 受動意識仮説とは、われわれの意識や意思を動かしているのは無意識や潜在意識であり、意識は無意識下の判断を自分が決めたと感じているだけ、いわば受動的に受け取っているにすぎないと論じたものだ。

 その後、幸せのメカニズムに研究領域を移した前野教授は幸福論で再びわれわれの“常識”に一石を投じている。「幸福はコントロール可能」と語る前野教授の幸福論とは。

前野教授は「Well-Being and Happiness」(幸せと幸福)に関する学問、「幸福学」の第一人者として知られています。ただ、もともとは人間の心や意識について研究されていました。幸福学について聞く前に、「受動意識仮説」から「幸福学」にシフトした経緯についてお話しいただけますか。

あると感じているだけで「心」は存在しない

前野隆司・慶応義塾大学大学院教授(以下、前野):私が提唱した「受動意識仮説」とは、私たちが想定しているような「意識」は実はなく、無意識的に決定された結果を追従して自分が決めたと感じているにすぎないということを科学的に論じたものです。心なんてものはなく、あるように感じているだけだと。仏教では自我が存在しないということを説いています。それと同じです。

慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授(工学博士)。幸せのメカニズムについて研究している

 受動意識仮説にたどり着いたときは軽くショックを受けました。だって、心というものは幻想だったんですから。それまでロボットについて研究していたので「ああ、オレはロボットと一緒か」と。その瞬間は嫌でしたが、書籍(『脳はなぜ「心」を作ったのか──「私」の謎を解く受動意識仮説』筑摩書房)を書いているうちに、さわやかに幸せになったんですよ。

 人間は様々なことを気に病むけれど、心がそう感じているだけ。心がないのだから死ぬことだって怖くない。心がないということを受け入れた方が幸せだと感じるようになったんです。 

 その後、幸せな日々を過ごすようになって、まわりの人に同じように伝えようと思ったのですが、これが全然伝わらない(笑)。そのときに、心を整えるという仕事が残っていると思ったんです。

心を整える?