全国の支店・工場を行脚

改革に着手するにあたり、何から始めていったのでしょうか。

布施氏:まずは半年間「今、現場で何が起こっているのか」「何が変革のスイッチなのか」ということを、社内で徹底的に議論しました。そこで、危機感と反省を皆で共有することを変革のスタートにしたわけです。当時の社内では、「このままいくとキリンビールがつぶれてしまう」なんて誰一人想像していませんでしたからね。

 我々はもうゆでガエルのように熱されているんだ、今のままで行くと赤字転落だってあり得るんだ、と。こうした強い危機感を共有した上で、「他責はやめて『ノーサイド』に。お客様を一番に考える組織になろう」とメッセージを出しました。

 もちろんそれまでも、お客様本位とか、お客様第一ということを長年の理念として掲げてきました。ただ、「本当にお客様を見ていたか?」と聞かれるとどうでしょう。自分がどこを見ているのか、社内にいるとだんだんと分からなくなるものです。長年トップシェアで、メディアからは殿様商売だとか色々なことを揶揄(やゆ)されたりもして、「自分たちはトップメーカーなんだ」という意識がどうしても染みついていたと思います。

(写真=的野弘路)
(写真=的野弘路)

 17年の10月に全社集会で会社の変革を宣言した後、全国の支店や工場を行脚し、各地で対話集会を開きました。「お客様のことを一生懸命考える風土にしよう」「とにかくお客様を判断基準にする会社になっていこう」と、念仏のようにあらゆる場面で伝えていきました。

 ただ、伝えることと伝わることはまったく意味が違いました。私はもう何十回も言っているから気持ちは伝わっただろうと思うのですが、受け手からすると全然ピンとこない。念仏のようにと言いましたが、これでもかというくらい熱意を持って本気で社員にメッセージを発して、それでようやくどうでしょう。半分くらい伝わったかなという感じです。

組織風土を変えるのは本当に難儀

 ある人が昔、「布施さん、企業風土というのは船が長い間航海して、その船底にこびりついた貝殻とか石ころのようなものだよね」ということを言っていたのですが、実感としてはまさにそんな気持ちです。

 僕は以前、小岩井乳業というグループの子会社にいて、そこでも組織風土を意識して経営していました。小岩井乳業は400人くらいの会社ですから、「こっちに行くぞ」とぐるぐる回せば、高速ボートのようにぎゅっと機敏に曲がります。一方キリンビールの場合は大きな組織で社員の数が多くて、そして歴史の長い企業です。大型タンカーを操縦しているようなもので、「面舵(おもかじ)いっぱい、取り舵(とりかじ)いっぱい」といっても、ぐぐぐーっと少しずつ曲がるような、そんなイメージがしました。

 組織風土を変えていくというのは本当に難儀だなと、この立場になって実感しています。今もそれをやり続けていますけどね。

改革の成果が出てきたな、意識が変わってきたな、と、手ごたえを感じられたのはいつごろでしたか。

布施氏:一番はやっぱり、18年3月の「本麒麟」の発売でしょうね。あれは大きかった。17年の10月に改革をスタートさせて、翌年の3月に出た新商品ですから、改革の象徴的な商品だと思っています。

 新ジャンル(第三のビール)で徹底的にお客様調査をした結果、新ジャンルを飲んでいるお客様の中には、本当はビールを飲みたいと思っている人がたくさんいると分かりました。ただ、経済的な理由だとか、家族が買い物の主導権を握っているとか、色々な理由で新ジャンルを飲んでいる。だから、新ジャンルというカテゴリを飛び越えて徹底的においしいものを作ろう、ビールに近い味の品質感のあるものを作ろう、という思いからできたのが本麒麟でした。

次ページ 改革の象徴「本麒麟」