『全裸監督』はネットフリックスだからこそ生まれた
プロダクト最高責任者、グレッグ・ピーターズ氏に聞く
動画配信サービス大手の米ネットフリックスは9月4日、ケーブルテレビ国内最大手のジュピターテレコム(J:COM=ジェイコム)と提携を発表した。年末に投入されるジェイコムの次世代セットトップボックス「J:COM LINK」にネットフリックスのアプリがプリインストールされる点が今回の提携の目玉だ。ジェイコムの視聴者はケーブルテレビ経由でネットフリックスが配信する映画やドラマを視聴できるようになる。
全世界で約1億5000万人の会員数を誇るネットフリックスだが、お膝元の米国では会員数の伸びが鈍化しつつある。2015年に進出した日本も、米アマゾン・ドット・コムのプライムビデオの後塵(じん)を拝しているのが現状だ。ネットフリックスは16年に米ケーブルテレビ最大手のコムキャストと提携、米国での会員増につなげた。同じように、セットトップボックスへのプリインストールで日本における視聴者獲得に弾みをつける戦略だ。
今回のジェイコムとの提携と今後の成長戦略について、ネットフリックスのチーフ・プロダクト・オフィサー(CPO)、グレッグ・ピーターズ氏に話を聞いた。
(聞き手は篠原匡)
ネットフリックスが日本に進出して4年が経過しました。今回、ジェイコムと提携した理由についてお聞かせください。
グレッグ・ピーターズ氏(以下、ピーターズ):私たちはスマートフォンやタブレットとテレビは補完的な関係だと考えています。外出中はスマートフォンで視聴するかもしれませんが、家にいるときは美しい大画面でコンテンツに没入したいと思うでしょう。ネットフリックスはコンテンツありき、サービスありきという考え方を取っています。優れたコンテンツやサービスを提供して、ユーザーにできるだけグレートな体験をしてもらいたい。ジェイコムはそのためのパートナーです。
ネットフリックスはあくまでもユーザーの視聴体験をどこまで改善できるかが重要な鍵だと考えています。現時点でジェイコム以外の提携の話はありませんが、ユーザーの視聴体験を改善する機会があるのであれば、オープンにいろいろな話をしていきたいと思っています。
「動画配信サービスはゼロサムの市場ではない」と語るネットフリックスのチーフ・プロダクト・オフィサー、グレッグ・ピーターズ氏(写真:吉成大輔)
100以上の国・地域でオリジナルコンテンツを制作
日本では2018年にKDDIと業務提携しました。
ピーターズ:KDDIとの提携も顧客の視聴体験の向上が目的です。auがネットフリックスの動画見放題の定額プランを導入したことでユーザーの利便性は上がりました。今回のジェイコムとの提携で、ネットフリックスの成長はさらに加速するとみています。
直近の四半期(2019年4~6月期)で米国の有料会員数が減少に転じました。米国市場は既に飽和したという指摘もあります。
ピーターズ:まず申し上げたいのは、米国はネットフリックスの普及率が高く、成長しづらい状況にあるということです。そうは言っても、米国はこれからも十分な成長余地はあると考えています。
一方、米国以外の国や地域には数十億人の人々が暮らしています。まさに巨大なビジネスチャンスがあると認識しています。今回、ジェイコムとの提携によって日本での会員数が伸びていくことは当然、期待しています。米国外のコンテンツをつくるという点においても期待値は高いです。
ネットフリックスは2013年に配信した『ハウス・オブ・カード 野望の階段』以降、オリジナルコンテンツの制作に舵(かじ)を切りました。オリジナルコンテンツは会員の増加に寄与していると思いますか?
ピーターズ:ネットフリックスは100以上の国・地域でオリジナルコンテンツの制作を始めています。もはやローカルコンテンツと言っていいのか、インターナショナルコンテンツと言っていいのか分からない状況です。こういったネットフリックス独自のコンテンツを増やしていくことで、米国内の会員と共に、米国外の会員を増やしていきたい。ある国から生まれたコンテンツをその国だけでなく、グローバルで視聴してもらうことで、ビジネスの成功確率を高めていきたいと思っています。
ネットフリックスはそれぞれの国のローカルコンテンツを、独自のレコメンデーション(お薦め)機能によってグローバルなユーザーに届けることで、一つひとつのコンテンツの価値を最大化しています。
ピーターズ:ネットフリックスは「どこにもないようなユニークな作品をつくる」という作品ありきの発想で世界中の視聴者を引きつけています。優れたローカルコンテンツをつくり、世界に発信し、様々な国で会員を増やす。それができているからこそ、米国だけでなく、グローバルな観点で大きな投資ができているわけです。
結果として、コンテンツ制作のコストは上昇していますが、それに見合う十分な価値があると考えています。オリジナルコンテンツの制作という当社の戦略は、経済学的に言っても、時代の流れを見ても、スマートな決定ではないでしょうか。
『全裸監督』はオーセンティックな本物のストーリー
8月8日に世界190カ国・地域で公開した『全裸監督』は日本発のオリジナルコンテンツです。こちらの評価はいかがでしょう?
ピーターズ:視聴率という観点で見て、最も日本で成功した番組だと言って過言ではありません。日本だけでなく、韓国、タイ、香港、台湾、ベトナム、シンガポールなどでもトップ10タイトルの1つになっています。
高い評価を得ているのは、『全裸監督』という作品がオーセンティックな本物のストーリーであり、納得感のあるストーリーだったということに尽きると思います。こういった優れたストーリーの作品を高い品質でつくることができた。それが受け入れられている理由でしょう。
『全裸監督』の 主演の俳優には山田孝之を起用した(写真提供:Netflix)
AV監督をテーマにした『全裸監督』のような作品はネットフリックスだからこそつくることができたという声もあります。
ピーターズ:作品として何か語りたいと思っても、なかなか語ることのできないテーマはあるでしょう。でも、ネットフリックスであればできるんじゃないかと思ってくれるクリエーターはいると思います。ネットフリックスはグローバルに数多くの視聴者を持っていますので、ストーリーと監督をうまくマッチングできれば、グローバルで受け入れられる可能性は上がります。
ただ、ストーリーが本物かどうかが全てです。『全裸監督』ではありませんが、園子温さんという素晴らしい監督と仕事がしたいというクリエーターは大勢います。彼は本当に素晴らしい監督ですが、園さんにお願いする価値のあるストーリーかどうか。その辺はわれわれの方で十分に吟味しなければなりません。
動画配信サービスはゼロサムの市場ではない
既存テレビとの差は何だと思いますか?
ピーターズ:ネットフリックスとテレビ局はモデルが基本的に違います。テレビは広告依存で番組のスロットが30分、60分というスロットの中でできるだけ多くの視聴者を獲得する必要があります。
一方で、ネットフリックスはそういった制約がありません。私たちはつくりたいと思うコンテンツをつくり、ユーザーに直接届け、その中で成長することができる。テレビ局にあるような足枷(あしかせ)がないというのが一番の違いでしょう。
ただ、ネットフリックスはドラマシリーズに強みを持っていますが、テレビ局はスポーツやニュースなどの強みがあります。まさに牙城です。そこでは本当に素晴らしい仕事をしていると思います。
今後、「Apple TV+」や「Disney+」が動画配信サービスを開始します。ストリーミング市場の競争環境は激化すると思いますが、それについてはどう見ていますか。
ピーターズ:競争はユーザーにとっていいことです。競争があるからこそ、ネットフリックスはよりよい存在になっていく。より最高の人材を採用し、最高品質の作品をつくっていく。そうすれば、最終的にユーザーが潤うというふうに考えています。
もう一つ強調したいのは、動画配信サービスという市場がゼロサムの市場ではないということです。
誰かが勝てば他の誰かが負けてしまうというような市場ではありません。実際に、ネットフリックスの会員を見ても、ネットフリックスの全ての作品を見たいということで見放題の契約を結ぶ方もいますし、本当に見たい2本、3本に絞り込みたいという方もいます。魅力あるコンテンツがあるかないかが重要だということです。
例えば、アップルさんであれば素晴らしいデバイスをつくっていますし、デバイスの流通網も持っています。ディズニーさんは素晴らしいIP(知的財産)とブランド力を持っています。それぞれがそれぞれに特徴を持っているということを考えれば、それぞれが違う形で競争するというのも理にかなっているのではないかと思います。
それぞれが共存するということでしょうか?
ピーターズ:そうです。ネットフリックスの会員の中にも、当社のサービスとディズニーのサービスの両方に加入する方はいるでしょう。結局のところ、そのお客様がどういうコンテンツを見たいと思っているのかに尽きると思います。
私たちが何をするにせよ、いかにユーザーを楽しませることができるかが一番重要です。それができなければ、ネットフリックスの事業は成功しません。毎月、会員の方々が払っている以上のバリューを提供することができるかどうか。そこが私たちの勝負だと考えています。この部分のみにフォーカスして、ユーザーの方々にコンテンツを提供していきたい。
ネットフリックスは通信環境が悪くても遅延なく動画コンテンツをユーザーに提供する技術力を持っています。動画配信技術における競争についてどう考えていますか?
ピーターズ:動画配信について、ネットフリックスは10年の歴史を持っています。動画圧縮技術にしてもそうですし、視覚体験という面でもそうですし、過去10年で最先端のテクノロジーを追いかけてきました。対ライバル企業という面で、それぞれの項目で進捗度合いは違うかもしれませんが、私たちの方が優位に立っていると思います。
もちろん、テクノロジーだけでなく、質の高いストーリーという側面、メタデータの側面、支払いの側面などもそうです。ネットフリックスのユーザーはグローバルなので、支払いなどをできるだけシンプルにすることも重要です。
日本は前年比プラス77%で成長
日本市場については、ネットフリックスが期待するユーザー数の伸びを実現できていますか。
ピーターズ:日本は前年比プラス77%で成長しています。これは有料会員ベースの成長率です。前年比77%で成長するライバル企業は他にいないのではないでしょうか。
日本を含め、ネットフリックスが事業を展開している全ての市場で多くのことを学んでいます。サービスを始めた最初の日には何かしらの課題があるものです。それを改善するために、ユーザーの声を聞き、どういうパートナーシップであれば視聴体験が改善するかを真摯に聞きます。そういう意味では、ネットフリックスの視聴体験は時間の経過とともに改善していると思います。
ネットフリックスはフジテレビが続編をつくらなかった『テラスハウス』や、日本で著名な片付けコンサルタント、近藤麻理恵さんのリアリティーショー『KonMari~人生がときめく片づけの魔法〜』をヒットさせました。
ピーターズ:ネットフリックスがうまくコンテンツを発掘できていると断言はできませんが、ドラマやリアリティーショーのようなものであれば、より大きな視聴者層につなげることができます。そこは重要なポイントだと思います。
『テラスハウス』にしても、『KonMari』にしても、ネットフリックスが関わることで多くのバリューを世界のユーザーに届けることができました。『テラスハウス』のシチュエーションをハワイにしたらどうなるか、ということも実現しましたし、『KonMari』の人気がグローバルな現象になって、今まで気づかなかった魅力を日本の方々に知ってもらうという効果もあったと思います。いずれにしても、世界の人気コンテンツに関われることはとても楽しいことです。
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