細山田:先ほどお話しした、海外における「ソニック」での学びもありまして、「ぷよぷよ」の場合も、長く続けていくには、ゲームだけじゃなくて、周辺の展開というのが結構大きい。そこでの「ぷよぷよ」の世界観を壊さないように、仕切っていかなくてはいけない。浮き沈みのあったIPであるからこそ、ころころと方針を変えるのではなくて、中長期のビジョンを持ちながら、そこをしっかり自分が、プロデューサーとして守っていきたかったんだと思います。

なるほど。その時点から、ゲーム単体の収益確保だけじゃなくて、長期的に畑を耕す目線を意識されていましたか。

細山田:それはもちろんあります。それは以前に「ソニック」の部署にいたおかげもある。IP全体に関与しないと、IPってコントロールしきれないなという思いがずっとあって。「ぷよぷよ」も、ゲーム側の整理をして、IP側の整理をしようというのを順番に何年もかけてずっとやって。それで今があるという状態かもしれません。

実は、データも資料も何もなかった?!

知名度を高く維持し、コミュニティを育成するには、当時の「ぷよぷよ」には欠けている要素があった?

細山田:コンパイルさんから引き継いだ当時は、ゲームシステムやデザインのガイドラインも残ってないし、ルールもない、ゲームの基礎的な部分での考え方や、プレイしたときの感覚的な調整基準も残ってなくて、お客様の意見も拾い切れてなくて。言っていいのかな……。まあ、CEDECというゲーム開発者会議で講演したことがある話ですけど、「ぷよぷよ」って、コンパイルさんから来たときに資料が残ってなかったんですよ。

資料が残ってない?

細山田:残ってなかったんです、本当に。データも資料もまったくなくて。

じゃあ、名前だけ買ったようなものですか。

細山田:名前だけと言っても過言ではないかもしれません。すべての権利を譲渡してもらったはずなのですが。

じゃあ、どうやって。

細山田:当時関わった開発者の協力がありました。開発者の頭の中に残っている仕様みたいなものとか。あと目コピです。

目コピ。うまいこと言いますと、コンパイルさんのソフトを逆コンパイルしたんですね。

細山田:どういう意図で作ったかというのは、作った本人の言葉を聞くしかない状態だったんですけど。そこをきちんと話を聞いて再現する、みたいなのをやっていて。でも「なんでこの機能を作ったんですか」と聞くと、本人は昔過ぎて忘れていたりとか(笑)。

ある意味、データを買うんじゃなくて開発者のアタマの中を買ったようなものですね。それはかえって良かったのかもしれませんね。

細山田:そうやって、全部できてなかったところを整理して、今はある程度誰かに任せても同じものが作れるようになりました。それは、まさに「ソニック」などを作りながら学んだことでもありますね。もちろん「ぷよぷよ」ならではのものもあるんですけど、ソニックでやってきたことを背景に、やり続けているというのが、ここまでの状況です。

 と、我ながら頑張ってきたと思うんですが、今の知名度の高さは、過去の開発者や会社、ファンやコミュニティーの応援の結果だと思っています。そもそも「ぷよぷよ」の認知率の最大の理由は、正直、タイトルの分かりやすさかもしれませんよね(笑)。

よくぞそのまんま付けた、と。

細山田:認知率がこれだけ高ければ、いわば何でもありなんです。そこを基本は守りつつ、コンシューマーだとなかなかできないチャレンジを、フリー・トゥ・プレイでプレイ期間が限定できるスマホでやってみる。今の時代に合わせた流れをビジネスのことを考えて常にやっているわけです。ちゃんとしたものはきちんと作りつつ、いろいろなチャレンジはしているつもりではあります。新チャレンジのどこから入ってもある程度、戻る場所はアクションパズルの「ぷよぷよ」だとは思うんですけど、基本や原点は守りつつ、そこからいろいろな派生があってもいいかなという。

天丼の「てんや」さんってあるじゃないですか。

細山田:はい。

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