細山田:そして2006年に「『ぷよぷよ』が15周年のタイミングだからここで出そう」となり、進めていたわけですが、間に合わなくなりそうになったため、当時担当プロデューサーを引き継いだ部長から「ちょっと手伝ってほしい」と。

なるほど。1カ月だけ(笑)。

細山田:蓋を開けてみたら、チームが結構厳しい状況にあって、でも15周年なので年末までにはもう出さないといけないというのが決まっている。

15周年の年末が間もなく来ると。

細山田:そうそう。年を越えると16周年になってしまうという問題もあって。

なるほど。

細山田:僕は「別に16周年でもいいんじゃないですか」と思ったんですけど。その後、開発チームメンバーの努力と気合で何とか間に合わせました。そしてまたいろいろありまして……。

聞いちゃってもいいですか。

部長に「もう僕に任せてください!」と言い放った20代

細山田:ちょっと当時のプロデューサーである部長と、今後の方針に対する意見の相違がありまして、次に移植を行うタイミングで僕がチームから離れる、という話になって、そうしたら、チームメンバーの一部が反対したりして。

おお。当時のお仕事はどんなポジションで。

細山田:肩書的にはディレクターと言っていましたが、やっていることはほぼ企画の取りまとめとプロデューサーのお仕事に近いことをずっとやっていたんですね。自分としても、企画をやりながらもプロデューサーの仕事をする方が向いているのかもと思って、部長とけんかした翌日に、「もう、ここからは僕に任せてください」と話をして、その当時の部長はオーケーを出してくれたという。

あら、いい話ではないですか。プロデューサーというと、ゲーム全体の収益責任を負うわけですね。それまでプロデューサーとしてのご経験は。

細山田:経験はありませんでした。当時のプロデューサーって基本的に役職の部長とかマネジャーをやっている人が多かったと思います。僕は今も管理職の人ではないので、わりと野良芸人に近いプロデューサーって感じで。

広報N氏:時期的にも「若手を積極的に起用しよう」という流れはありましたよね。

細山田:その流れもありました。「やるやる」と手を挙げれば、もちろん信頼とか実績も必要なんですけど、わりとスムーズに。

お幾つのときですか。

細山田:まだ20代でしたね。

おお、すごい。なぜそこで手を挙げたんでしょうか。

細山田:実は僕、「ぷよぷよ」に来る前に、他のプロジェクトから外されたことがあります。プロジェクトの方針がころころ変わるというのがすごく嫌で、結構、プロデューサーやディレクターに口を出して。だから……。

細山田、おまえ、うるせえと(笑)。

細山田:文句ばっかり言いおってと(笑)。まあ、経験も浅いのにずけずけ言い過ぎた自分が悪いんですが。わりとそういうタイプなんです。

細山田さんはプロデューサーになるに当たって、どういうことを主張されたんですか。

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