「デフレを放置したままでは日本は大変なことになる」──。第2次安倍政権でブレーンの1人を務めた元内閣官房参与の本田悦朗氏に、「アベノミクス」の問題意識と今後の政策運営の選択肢について聞いた。

本田悦朗(ほんだ・えつろう)氏
本田悦朗(ほんだ・えつろう)氏
1978年大蔵省(現財務省)入省。2006年外務省大臣官房審議官(欧州局担当)など経て12年に退官。12年から16年6月まで内閣官房参与。現在は明治学院大学客員教授、TMI総合法律事務所顧問などを務める。

アベノミクスへの関わりは。

本田悦朗元内閣官房参与(以下、本田氏):2012年3月末に財務省を辞めてからです。退官前に安倍さんに挨拶しに行った際、「デフレは大変な問題で、放置しておくと日本を長く苦しめる。何とかしないと、大変なことになる」と話しました。そのときに既に安倍さんはデフレの怖さをよくご存じで、少し驚きました。やはり第1次安倍政権と第2次安倍政権の間に、いろんな議員連盟や勉強会をつくって活動されて、専門家の意見を聞いておられたようです。そこで、後に私も参与に任命されることになりました。

本田さんのデフレへの問題意識はいつからですか。

本田氏:米ニューヨーク駐在時、日銀がゼロ金利を解除しました(2000年8月)。私は駐在員としてニューヨーク連銀に説明に行ったのです。直接説明するのは日銀ですが、我々も政府としてバックアップしているという立場からの説明でした。

 このとき、NY連銀の強い問題意識に触れたのです。「日本はデフレの真っ最中に金利を引き上げたらどうなるか、全く理解していないんじゃないか」と。確かに消費者物価指数はまだマイナスで、デフレでした。そういう状況でのゼロ金利解除・金利引き上げは「間違った政策だ」と厳しく指摘されたのです。以来、デフレに入ってしまった日本経済をどうしたら引っ張り上げられるか、ずっと考え続けてきました。

 (当時の)日銀はやはりデフレから脱却しようとの姿勢が欠けていたように思います。日銀は「デフレは日本の構造問題で、金融政策では解決できない」との立場でしたが、構造問題の最たるものは少子高齢化で、簡単には改善しません。私は、もしそうであれば日本はずっとこのデフレに甘んじないといけないのか、と不満でした。

 加えて当時の日銀はインフレ目標の設定に否定的で、後にしぶしぶ1%程度を「めど」として金融政策を行うと態度を変えました。しかし、他の国がみんな2%を目指しているときに日本だけ1%でいいとなれば、円高圧力が続き、日本経済は成長できなくなります。

 (第2次安倍政権の誕生は)運よく白川方明総裁の任期が切れるタイミングでした。次期総裁の議論が始まり、くしくも安倍さんと私の意見が一致したのは「黒田さんにお願いしよう」ということでした。ここからいわゆるアベノミクスがスタートしたのです。

 もう一つ重要なのは政府と日銀の共同声明、いわゆるアコード(合意)でした。アベノミクスのように第1の矢=金融緩和、第2の矢=財政政策、第3の矢=成長戦略とやるには、財政と金融がバラバラでは駄目です。財政も金融も両方ともやることをしっかり文書で合意をして、投資家や国民に示さないといけない。そのためにはきちんとした公文書がいるということで、2013年1月に金融専門家会合を開き共同声明をまとめました。

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