野瀬氏:商品はお客さまと我々を結ぶ大切なタッチポイントです。ですから、商品は「情緒価値」が重要だと考えています。おいしさを追求して「機能価値」を高めることは当然ですが、飲食店やご家庭で飲んだときに感情に響くようなストーリーが必要となります。こうしたエモーショナルな価値をつくり上げるにはターゲットをしっかりと見定めて時間をかけて進めていくほかありません。

 私は86年の入社です。ヱビスビールは88年に漫画『美味しんぼ』で紹介されるなどして話題を呼びました。それまでの日本のビール飲料であまり認知されていなかった味覚のプレミアム感を打ち出したのです。「ちょっと贅沢なビール」のキャッチコピーで高級店などで楽しめるイメージが広く浸透しました。これは当時の ヱビスビールの立ち位置をしっかり見定めたからです。お客さまは価格による訴求にではなく、飲んだ際のプレミアム体験を評価してくれました。

お客さまが納得する機能価値を提示

 しかし、このキャッチコピーによる訴求を始めてから20年以上が経過して「ちょっと贅沢」にどれほどの価値があるのかを考え直す時期に来ています。95年以降、低価格の発泡酒や新ジャンルが市場に出回るようになり、ビールと発泡酒・新ジャンルの価格差は倍近くにもなりました。一方で、2000年代には国内外を含めてクラフトビールが多くの飲食店に並ぶようになってきた。1杯1000円でも価値を見いだせばクラフトビールを選ぶお客さまが増えてきたのです。

 これだけビールを取り巻く環境が変わってきたのです。立ち位置が不鮮明になったヱビスビールは「プレミアム」の意味に主体性を持たせなければなりませんでした。それは高価格帯を意味するのではなくて、お客さまに選んでもらえる価値を持った商品となります。

 そのブランディングはやはり難しい。新ジャンルを打ち出す場合はお客さまが納得する機能価値を提示すればいいのですが、既存ブランドの体験価値を高めるには5~10年のサイクルが必要になります。例えば主力商品の黒ラベルは19年に提供品質に徹底的にこだわった「サッポロ生ビール黒ラベル THE BAR」を東京・銀座に出店しました。銀座の一等地で「完璧な生」が飲めるという魅力的な体験を味わっていただくことで、商品への情緒価値を感じてもらう。こうしたお店が1店舗あるだけでも変わってきます。体験のプレミアム化の積み重ねでブランドの熱狂的なファンづくりを推進していきます。

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