全1983文字

アルペンスキー日本代表として1998~2010年の冬季五輪で活躍した皆川賢太郎氏は現在、全日本スキー連盟の常務理事として組織改革に辣腕を振るう。会長から全幅の信頼を受けて、連盟の役員になったのは15年だ。無駄な支出を減らすとともに、収入を増やし、選手を手厚く支援できる体制を目指す。夢は「スキー界の国技館」の建設だ。

皆川賢太郎(みながわ・けんたろう)氏
1977年、新潟県生まれ。日本体育大学在学中の98年にアルペンスキー日本代表として長野冬季五輪出場。2006年トリノ五輪で4位入賞。10年のバンクーバー大会まで4大会連続で冬季五輪に出場する。14年に現役を引退し、15年に全日本スキー連盟の理事、16年に常務理事に就任。

連盟の役員に加わってから、収益性を追求すべく大ナタを振るっていますね。モデルとしているスポーツ団体はありますか。

皆川賢太郎氏(以下、皆川):日本相撲協会です。相撲という1つの競技と、限られた興行数の中できっちりと収益モデルを確立しています。全日本スキー連盟もスキーやスノーボードといった雪にまつわる競技に限られるなど共通点は多いと思っています。

 本場所や巡業の演出は優れています。コアの相撲ファンであれば早い時間に来場し、幕下から応援できるように対戦を組んでいます。ファンサービスも手厚い。マス席は決して広いとはいえませんが、お土産をセットにするなどして、客単価を上げています。1回の興行が15日間と長いにもかかわらず、千秋楽に向けて飽きさせずに、観客を動員できています。

 数々の経営努力の結果、日本相撲協会の年間売上高(事業収益)は100億円を超え、純資産(正味財産)は380億円近くに達しています。私たちも大会の運営や、収益性の面で見習っていきたい。

相撲協会は東京・両国の国技館を年3回の相撲興行に使っているほか、コンサートなどのイベントにも貸し出して収入を得ています。

皆川:私の夢は、年間を通じてスキーやスノーボードができる自前の室内スキー場を持つことです。(相撲における)国技館のような、スキー競技の象徴のような場所にしたい。かつて千葉県船橋市にあった室内スキー場「ザウス」はバブル経済のあだ花として、マイナスのイメージが付いています。

 しかし世界に目を転じれば、約40カ所に屋内スキー場があり、ビジネスが成り立っています。日本に再び屋内スキー場を設け、スキー競技大会を開いて観客席から応援できるようにしたいです。観客席付きの屋内スキー場が実現すれば世界初となります。大会を開いていないときは一般に開放し、入場料収入を得られるようにします。

夢が広がりますね。足元での組織改革はどうなっていますか。

皆川:1998年の長野冬季五輪以降、スキー連盟の財政は悪化しており、収支を改善する必要がありました。支出の面ではまず人件費にメスを入れました。現場にいる指導者などのスタッフの人数は多く、スタッフの給料も各競技の重鎮の一存で決まっているような状況でした。

 給料の決め方を透明化するために評価制度を取り入れるとともに、スタッフの数を適正化することで、不必要なコストを圧縮しました。