二つの仕事のバランスを取るため苦労することは多いでしょうが、逆に兼業を続けていて良かったと思うこともあるのでしょうか。

上田:小説で人間関係の描写をするときに、会社での経験が役立つことは多いです。例えばこちらの納期が遅れてしまいそうなとき、取引のある大手企業の社員が、本当に絶妙なタイミングや場所で打ち合わせを設定してくるんです。そういうビジネスの「間合い」のようなものが面白い。

 ビジネスの側から見ると、企業間のアライアンス(提携)を実現する力は、小説を書くことで磨かれたと思います。つまり、2社の強みと弱みを分析し、今はまだない理想像を語る力です。

 文芸誌『新潮』とYahoo! JAPAN特設サイトで連載した『キュー』という作品ではそうした力が活かせたと思います。実は当初、新潮社とヤフーとは別々に長編小説の相談をしていたんです。しかし私は、これはアライアンスを組んだ方が良い企画になると思った。新潮社の歴史に裏打ちされたブランド力とヤフーの膨大な利用者数を掛け合わせるべきだと2社を説得し、実現にこぎつけました。

 ビジネスと、小説を含むアートは、突き詰めて考えるとよく似ています。日本ではビジネスを労使関係で考える傾向が強いので理解されにくいですが、ピュアに考えるとビジネスは創造的なものなんです。小説を書くことはビジネスでも「役に立つ」ので、他人にも小説を書くことを勧めたい。発表するかどうかにかかわらず、思考を文章にすることで得るものは確実にあります。

『ニムロッド』における仮想通貨もそうですが、上田さんは科学技術や、それによって変容した未来の人間の姿を描くことが多いですね。こうしたSF小説のような要素を、いつから、そしてなぜ取り入れているのですか。

上田:デビュー前からSF的な要素はよく使っていました。30代で執筆を再開してからは特にそうです。

 なぜかといえば、かつてSFで描かれたような世界が、現代になって実現しつつあるからです。指数関数的に変化が加速していく、その上昇曲線の根本の部分にいるという感覚があります。今は「とっかかり」の時代なんです。

 もう一つの理由は、文学における写実主義の限界です。今の目線で今の社会や人をそのまま書くことは、もうやり尽くされつつあると思います。現代社会を新しいやり方で書くには、50年、100年先の未来の視点で捉えなければならない。

 フェイスブックのようなITがさらに発達すれば、個人の境界が今とは違ってきます。生命工学が発展して人間の寿命が150年になれば、人生の見方も変わってくるでしょう。これまで経験していない新しい視点を味わうと得した気分になるんです。そういう視点を書くことで自分が救われるし、それがきっと読者も救うことになると思っています。

 ただ最近では、どう書けば読者によりよく伝わるのかという探究心も湧いてきました。特に初期作は分かりにくいという感想をもらうことが多かったんです。書き続ける中で、伝え方への関心がもう一つの「書く理由」になりました。