新型コロナウイルスワクチンの開発が欧米と比べて遅い日本。なぜ、国産ワクチンがなかなか出てこないのか。開発に取り組む塩野義製薬の手代木功社長に話を聞いた。

塩野義製薬を含む日本の製薬会社のワクチン開発が欧米勢より遅いのはなぜでしょうか。
手代木功・塩野義製薬社長(以下、手代木氏):ワクチンや治療薬、診断薬を開発するフットワークが重いのではないかと見られていることについては、真摯に受け止めないといけないと思っています。
もちろん、日本の製薬会社は規模が欧米に比べて小さいとか、バイオ医薬品の潮流に全体として乗り遅れたとか、そういった理由もあるでしょう。ただ今回、欧米で接種が始まっているメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンにしても、ウイルスベクターワクチンにしても、日本にそうしたプロジェクトをやるベンチャーや製薬会社がなかったのは、産官学でそうした基盤を育ててこなかったからです。その点については、欧米に学ぶところは多いと思います。
また、緊急事態だという割には、緊急時に備える制度が不十分という点もあります。米国では、Emergency Use Authorization(EUA、緊急使用許可)という、通常の薬事承認ではない制度があります。今、日本で接種が始まっている米ファイザーのワクチンなどは、通常の承認ではなくてEUAを受けています。
いわば、「平時」と「戦時」の体制の違いが、日本と欧米との間で際立ってしまったと思います。
ワクチンの開発で、日本は「戦時」への備えが十分ではなかったということですか。
手代木氏:一言で評価するのは難しいのですが、ワクチンの開発については当初想定していなかった状況になりました。
ワクチンの種類で分けると、ファイザーと米モデルナのmRNAワクチン、英アストラゼネカと米ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のウイルスベクターワクチン、米ノババックスの組み換えタンパク質ワクチンの3つが、圧倒的に開発が速かった。しかし、日本にはこれらの開発基盤がなくて、不活化ワクチンという伝統的な技術しかありませんでした。これは、インフルエンザのワクチンをつくるために使っている技術で、卵で培養したウイルスを不活化するものです。
新型コロナウイルスのワクチンには、卵でウイルスを培養して不活化するという伝統的な手法が一切使えませんでした。この状況から「ヨーイ・ドン」で開発競争が始まったので、スピードの面ではかないません。さらに、ファイザーやアストラゼネカは従来ならどんなに早くても開発に3~5年かかるところを、8カ月ほどで製品化してきました。
そして、後発組にとって厳しい状況が生じます。ファイザーなどのワクチンが急ピッチで進んだことに加えて、現時点で分かる範囲のデータでは、高い有効性が確認されたことです。その結果、後発組が治験のフェーズ3(第3相)に必要なプラセボ(偽薬)との比較をする大規模試験を実施することが難しくなってきています。
どういうことですか?
手代木氏:有効性が確認されているワクチンが既にあるなかで、健康な人にプラセボを接種することは倫理的な観点から難しいからです。プラセボは健康な人にとっては、デメリットしかありませんから。
何もワクチンがない時点なら、プラセボとワクチン候補の比較試験をするしかありません。しかし、有効性のあるワクチンができた後では、健康な人にプラセボを打つことは正当化しにくい。そのため、ファイザーなどがワクチンを提供し始めた後は、世界中の会社がプラセボとの比較をするフェーズ3を実施することが難しくなっています。
ただ、今先行しているワクチンがベストなワクチンなのかどうかは、まだ分かりません。そうした中で今後どうしていくのかに、今、世界中が迷っています。
フェーズ3を実施する代わりに、例えば、フェーズ1、2を経て一定の規模感でテスト投与をしてみて安全性を確認する。そして、ウイルスをなるべく無毒化する中和抗体とウイルスを排除しようとする細胞性免疫がきっちり機能していることを確認したうえで、接種後の副反応や、発症した人の状況を細かくデータを取ってモニタリングすることを条件に仮承認するといった対策が必要ではないでしょうか。
さもなければ、残された手段は「チャレンジ試験」くらいしかありません。これは意図的にウイルスに感染させて、ワクチンを打った人とそうでない人を比較するという試験です。これも1つの選択肢だとは思いますが、本当に切れ味のいい治療薬がまだない中で、どこまで現実的に可能なのか。英国はチャレンジ試験を許可しましたが、背景にはそこまでしなければ新しいワクチンが出てこないという危機感があります。
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