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ファンド傘下で再び沖縄県民に愛される会社を目指すオリオンビール。19年7月に就任した早瀬京鋳社長を中心に、商品だけでなく組織改革にも力を入れ、生まれ変わろうとしている(参考記事「買収から1年 オリオンビールに見る地方企業の生きる道」)。オリオンビールの改革のポイントを早瀬社長に聞いた。

早瀬 京鋳氏(はやせ・けいじゅ) 1968年生まれ。プロクター・アンド・ギャンブル・ノースイーストアジア(現P&Gジャパン)や日本コカ・コーラ、トリンプ・インターナショナル・ジャパン副社長などを経て、17年ルルレモン・アスレティカJP社長。福岡市出身。(写真=河野 哲舟、以下同じ)

社長に就任する前、オリオンビールという会社にどのような印象を持っていましたか。

早瀬京鋳オリオンビール社長(以下、早瀬氏):非常にユニークなブランドだと思いました。日本の中でTシャツなどのライセンスグッズを販売できる飲料ブランドは、コカ・コーラとオリオンビールだけです。私はコカ・コーラでの勤務経験もありますが無形のブランド価値があることは大きなブランドエクイティで、競合にはないものです。沖縄を背負うブランドであるという重みをどう生かすかを考えると、チャンスしか見えませんでした。

ビールは業界全体で市場縮小が続いています。社長就任に当たり不安はありませんでしたか。

早瀬氏:全くありませんでした。右肩上がりの成長でない業界なら、商品に付加価値を付けて、需要を作り、シェアを取れば成長はできます。

沖縄県におけるオリオンビールのシェアは30年間で3割も減少しました。原因はどこにあったのでしょうか。

早瀬氏:社長に就任し、社員と話すことで感じたのは、本州を意識しすぎて生まれる後追い志向でした。沖縄であることは利点なのに、本州に倣おうとし、自分の強みを横に置いてしまっていた。

 沖縄の飲用者は大きく分けると、地元の人と観光客の2つに分かれます。観光客の人は沖縄に来れば、自然とオリオンビールを選んでくれますが、それは沖縄県民に支持されているビールだからという前提があるからです。しかし消費者調査をすると、沖縄県内でのブランド別の支持率で1位を獲得したのは、アサヒビールの「アサヒスーパードライ」で、当社の「オリオンドラフト」ではありませんでした。

 このままでは、観光客が当社のビールを選んでくれる前提すら揺らぎかねません。だからこそ、沖縄県民の支持をもう一度取り戻すことが重要で、後追い志向からの脱却が必要だと思いました。あとは社内の官僚的な体質の変化も必要でした。

売上高が300億円に満たない企業でも、官僚的な体質があったのでしょうか。

早瀬氏:当社は大手4社と企業規模が全く違いますが、沖縄県内にいると、県内最大の製造業として扱われてしまいます。そうした県内でのポジションから、社内では「5大メーカー」という自負が強かったですね。私が挨拶回りで取引先から言われたオリオンビールの現状は「縦割り」や「殿様商売」「偉そうにしている」などひどいものでした。私自身も社内の官僚的な体質を感じていましたが、これはすぐに変えなければならないと思いました。

オリオンビールの会社の体質を変えるために、まずは何をしましたか。

早瀬氏:最初の朝礼で「組織を逆ピラミッドにしましょう」と伝えました。消費者に近い現場が一番上で、現場のために管理職や役員、社長が動こうという体制です。そのためには管理職の意識転換が重要なので、厳しく指導しています。

 私が最初に出た会議でも、管理職が出席しているのに議題は報告ばかりでした。管理職が方針を決めて、現場が動かなくてはいけないのに、これでは動けません。なので、2時間かけて管理職に1人ずつ意見を聞いて、会議を方針を決める場に転換させました。