そんなうまい手があるのなら……
長井:2015年からNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)、三菱商事、三井物産、日本郵船、そして私どもで資金を出し合って技術研究組合「AHEAD」をつくり、SPERA水素システムの構築に当たってきましたが、いよいよインフラ全体の実証に入るわけです。
水素を輸送、保管するために、適切な容積に収めるには、極低温で液化するか、超高圧で圧縮するかしかないと思っていました。つまり、技術的に相当難しいハードルをクリアせねば、水素の貯蔵・輸送はできない、と。しかし、常温・常圧で可能にする手があるのですか。これができるのはトルエンだけですか?
一本杉 浩一・千代田化工建設水素チェーン事業推進部水素事業企画・開発セクション マーケティンググループリーダー(以下、一本杉):アンモニアでも同じ方法が可能で、研究していらっしゃるところがございます。
トルエンには、引火性がありませんでしたっけ。
長井:はい、トルエンは消防法では危険物に指定されています。その点ではガソリンと同じですね。
ガソリンと同じ。
長井:そうです。ですので、既設の石油化学系のインフラそのものが使えたり、そのインフラの技術がそのまま適用できる。これは非常に大きなメリットだと思います。
一本杉:後ほどまた細かくお話ししますが、水素の輸送技術には一長一短ありまして、どの技術もまだ商業化以前の段階で、今、実証に入ろうとしているところです。私どもの技術の最大の長所は、普通の、既存のインフラをそのまま使って、ブルネイから日本へ運んで来ることができる、というところです。

あ、水素を抜いた後のMCH、つまりトルエンはどうするんですか。
一本杉:日本で水素を取り出した後、残ったトルエンはまたブルネイに戻して、ぐるぐる回すことになります。
へええ……。しかし、そんなうまい手があるなら、もっと早く実用化されていても、と、素人的には思うわけですが。
一本杉:方法自体は、40年ぐらい前から知られていたのです。しかし、脱水素側、MCHから水素を抜き出す際の触媒を開発することが難しかった。
方法は分かっていても難しい、とは。
一本杉:より具体的に言いますと、「長期間、大量に、反応性能を下げずに水素を取り出すことができる触媒」を開発するのが難しかったのです。それを当社が達成して、実証実験中というわけです。
純度は下がるが、コストは低い
なるほど。しかし、その成功を知りながら水素そのものを冷却・圧縮する方法で挑んでいる企業もあるわけですから、やはり、冷却圧縮にもメリットはあるわけですよね。
長井:そうですね。我々の場合は「常温、常圧で液体」なので、先ほど申し上げたように、既設のインフラや技術が使えて、ハンドリングが容易。一方でデメリットは、水素を取り出したときの純度が実はそんなに高くない。トルエンが残ってしまう。
あれ?
長井:といっても、我々が最終目標にしているガスタービン発電所に導入するに当たっては、十分な純度があるのです。トルエンなどが微量入った状態で使われても問題はありません。
ともあれ、水素をそのまま液化するほうが、純度は高くできると。
長井:はい。そもそも、非常に高い純度にした水素でないと液化ができないのです。
では高純度の水素が望ましい用途といいますと……。
長井:その代表が、燃料電池自動車(以下FCV)です。液体水素の場合は輸送タンクから出てガスになった時点で、そのまま燃料電池に使える純度です。MCHから分離した水素をFCVに使う場合は、もう1回精製設備を通して純度を上げてから自動車に入れる、というステップが必要になりますね。
なので、それぞれ得手、不得手があるわけです。規模や(輸送)距離や用途によって選択されていくのかなと思っております。
コストではどうでしょうか。既存の施設や技術を使える部分が多いなら、当然ながら、新しく液化水素の貯蔵・運搬インフラを造るよりは相当安いわけですよね。
長井:他社さんの試算は正直分かりませんが、研究機関が出されている書類を見る限り、設備費は我々のほうが安いですね。そして、やはりハンドリングが楽だというのは、需要が伸びて本当に数とか量が必要になったときは、非常にメリットが大きいのではないかなと思っています。
MCHならば、ガソリンスタンドやローリーのインフラがそのまま使える、ともおっしゃいましたよね。ものすごくざっかけな話ですけれど、もしガソリンスタンドに、脱水素プラントと、水素の純度を上げる装置を置けば、普通の自動車が給油するかのように、FCVへの水素燃料の供給が可能になる、と考えていいんでしょうか。
Powered by リゾーム?