長期化の様相を見せるウクライナ危機。ロシアに対する金融制裁が進む中、同国企業と取引のある日本企業が気を付けなければならないことがある。戦争や災害など当事者のコントロールを超える事象が発生した場合、企業間の契約に違反があっても損害賠償などの責任を負わない「不可抗力条項」の扱いである。欧米企業相手の英文契約にはほぼ記載のある条項だが、日系企業同士の契約やアジア系企業との契約では入っていないケースも少なくないという。有事に必要な契約について、企業法務の業務効率化を支援するリーガルフォースの佐々木毅尚CLO(最高法務責任者)に注意点を聞いた。

佐々木毅尚(ささき・たけひさ)氏
佐々木毅尚(ささき・たけひさ)氏
リーガルフォースCLO 1991年、明治安田生命保険相互会社入社。アジア航測、YKK、太陽誘電を経て、21年7月リーガルフォースに入社。企業法務をはじめコンプライアンス、ガバナンス、内部統制、リスクマネジメント、国際法務といった多種多様な法務業務を担当してきた。太陽誘電では法務部長として、部門のマネジメントとリーガルテック活用などによる法務部門の改革に取り組んだ。主な著書に『電子契約導入ガイドブック[海外契約編](久保 光太郎氏共著 商事法務)』『リーガルオペレーション革命──リーガルテック導入ガイドライン(商事法務)』などがある。

ロシア軍のウクライナ侵攻によって海外ビジネスについての危機を再認識した企業は多いと思われます。戦争などによって取引がキャンセルされたり、売掛金が回収できなくなったりなどのリスクを回避するには、どのような契約が必要になるのでしょうか。

佐々木毅尚氏(以下、佐々木氏):一般的に国際的な取引を行う欧米企業の契約には「Force Majeure(不可抗力)条項」と呼ばれる一文が入っています。これは契約当事者の合理的な支配を超えた事象が発生したことで債務の履行ができなくなる場合に、債務者が債務不履行責任などを負わないことを定めた条項です。

 不可抗力条項の例としては、戦争などの他に地震や洪水などの天災、政府機関の行為や命令、暴動、ストライキが含まれます。こうした事象が発生した場合、契約に基づく義務の不履行や遅延についての責任を免れることができます。

 例えば、ウクライナ危機では主要国の経済制裁によってロシア国内の経済が混乱しており、機械や部品を発注した企業から発注内容の変更やキャンセルを受ける可能性があります。据え付け作業が必要な大型工作機械を設置するために日本からロシアへエンジニアを派遣できないなどの可能性もありますね。また、大手海運会社がロシア発着貨物の引き受けを停止しているため、製品や部品を予定通り輸送できない事態も想定されます。

 また、米国政府はロシアに対してハイテク製品の輸出規制を発表しています。日本も協調行動を取っており、ハイテク製品などが政府の輸出規制の対象になってしまえば、現地企業との契約があったとしても製品を送ることができなくなります。それだけではありません。金融制裁の影響によって、ロシア国内では金融機関の資金決済が狭められていることから、売掛金が回収できないこともあり得るのです。こうした不測の事態での損害賠償を避けるため、契約書に不可抗力条項が記載されているかを確認する必要があります。