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「プライドポテト」などのヒット商品が相次いでいるスナック菓子大手の湖池屋。日経ビジネス2月17日号のケーススタディーでは、2016年に社長に招へいした「伝説のマーケッター」の佐藤章氏が社員の意識をどう変えてきたかを検証した。16年まで社長として約20年にわたり会社を率いてきた小池孝会長はその過程をどう見ていたのか。メディアの取材をあまり受けてこなかった小池会長が語った。

小池孝(こいけ・たかし)
湖池屋代表取締役会長。1956年生まれ。80年湖池屋入社。翌年に取締役に就任し、95年に創業者である父・小池和夫氏の後を継ぎ、社長に就任。16年より現職。カラムーチョやドンタコス、ピンキーなどの湖池屋を代表する製品を生み出した。(写真:北山宏一)

ポテトチップスの歴史を振り返ると、湖池屋が元祖ですよね。

小池孝・湖池屋会長(以下、小池氏):私の父親である創業者の小池和夫が日本人の味覚に合うようにと開発した「湖池屋ポテトチップスのり塩」という商品の量産化に成功したのがスタートです。そういった点で、当社は創業当時から、独創的な商品開発をしようというDNAを持っています。

 その後、カルビーの市場参入があり競争環境は変化しましたが、父は「高品質でおいしいものを作る」という方針を変えず、ポテトチップス1袋を当時150円で販売していました。ただ市場全体におけるポテトチップスの価格が下がり、経営は苦しくなっていった。1980年、そうした経営状況で私は湖池屋に入社し、ブランド戦略を打ち立て、84年に「カラムーチョ」を発売しました。

湖池屋の主力商品・新商品(写真:スタジオキャスパー)

カラムーチョを皮切りに、スコーン、ドンタコス、ポリンキーといった現在も湖池屋を代表するブランドが続々と誕生しましたね。

小池氏:独創的でユニークなブランドをつくることで、競合との差別化を狙いました。その後、スナック菓子市場が低迷したときは、タブレット菓子「ピンキー」を発売し、社内の閉塞感を打破したこともありました。

ただ09年にカルビーのトップに松本晃氏が就任し、業界の競争環境は大きく変化しました。

小池氏:消費者の低価格志向もあり、品質で差別化しても、価格で勝つのは難しくなりました。この10年の間にポテトチップスの価格は15円ほど下落しています。厳しい戦いを強いられる中で、気づけば社内は競合の動きばかりを気にしていました。そうなると、新しいカテゴリーの製品は生まれません。

入社したときと同じ状況ですが、再びカラムーチョのような製品を打ち出そうとは思わなかったのでしょうか。

小池氏:今は当社の競合がポテトチップスだけだった時代ではありません。コンビニのホットスナックのような商品が増え、競争原理が大きく変わってしまった。なので、カラムーチョのときにやったブランド戦略では会社を立て直すには難しい。会社を立て直すには、根本的な差別化ができる商品が必要だと考えました。