副業人材の受け入れを大々的に始めたヤフー。2020年7月に募集した「ギグパートナー」制度への応募者は4500人を超えた。20年10月より選抜された104人が実際に働き始めた。EC(電子商取引)、メディア、金融事業の各領域に対して新たな戦略立案を助言する「事業プランアドバイザー」を管掌するヤフーCOO(最高執行責任者)の小澤隆生氏にギグパートナー制度の手応えについて話を聞いた。
「危機感は常にある」と語るヤフーCOO(最高執行責任者)の小澤隆生氏(写真:村田和聡)
ギグパートナー制度導入の背景を教えてほしい。
そもそも会社と従業員の関係を変えたいとずっと思い続けていた。採用も、労働環境も、給与体系も、今が常に正しい姿ではない。これまでの仕組みをぶっ壊していきたいねという議論をしている中で、コロナ禍が突如訪れた。やりたいと思っていたリモートワークが半ば強制的に導入され、結果的にこれは行けるぞ!となった。なので、「元には戻さない」ということだけを決めて検討を進めた。
リモートワークは移動などの時間がない分、時間が生まれる。従業員に副業をしてみたらという話と、副業人材を受け入れるという話の双方を議論の俎上(そじょう)に載せて、結局のところ試してみないと分からないねという話になった。
この状況を最大限利用して実験してみようということになった。実験するなら大人数でやらないといい点も悪い点も分からない。どこよりも多くやってみて、試行錯誤しようということになった。これから先、おそらく採用も変わるだろうし雇用形態も変わっていくだろうという確信があったためだ。
もともと会社と従業員の関係を変えたいと思っていたのはなぜか。
危機感が常にあったからだ。ヤフーはインターネット企業の老舗として、ベンチャーとはいえない規模になっている。良くも悪くも多くの人が普通の会社として入社してくる。そこで重視されるのは先進性というよりは安定感。会社の規模が大きくなるとこれは仕方がないことでもある。
2012年に私がヤフーに入って感じたのは本当にいい会社だということ。働きやすいし、従業員思いだし。ただ、少し守りに入りつつあるなという感じはした。本来、必要としている人材像とは、現状に満足せず、新しい挑戦を続け、本当に顧客のことを考えて便利なサービスを追求し続ける人。どの企業でも同じかもしれないが、特にインターネットは革新を起こしやすい業態のため、他分野よりもこういう人材は多くいなきゃいけない。
「変わる」というのはとてつもなく大きなエネルギーを要する。しかし、進化し続けるためには避けられない。2019年は大きな買収を発表するなど会社の経営的には見栄えは変わったと思う。ただ、働く人の意識だったり、雇用だったりはまだ変わっていない。常にフロントランナーでいたいという思いで議論を進めていた。
ギグパートナー制度を通じて得た知見は。
我々は一貫して多様性だったり、コミュニケーションの重要性だったりを追い求めている。物理的なオフィスで働くことを前提としていたときは、従業員同士のコミュニケーションがより活発になるように、普段触れ合わない人と多様なコミュニケーションが生まれるように、オフィスをデザインしていた。
だが、今回のコロナ禍でリモートワークになってしまった。コミュニケーションの活性化や多様性をどう生み出そうかと考えた結果、今回のギグパートナー制度を始めるに至った。物理的に一緒に働くわけでもなく、雇用関係もない。でも、これまでとは異なる形で生み出そうと考えた。
逆説的に思っているのは、こうした動きを社内でももっとやるべきだということ。ギグパートナーには毎月の課題に対してリポートを提出していただいている。10歳から80歳まで、それはそれは面白いリポートが多い。コマース系、金融系、メディア系と固まりに分けて私だけでなく事業責任者も見て、面白いものがあれば個別に面談させていただいている。
本来であれば社内においてもメディア部門の人にコマースのことを聞くことで新しい知見が得られるはずなのに、なぜやっていなかったんだろうということに気づいた。組織はどうしても「たこつぼ化」していってしまうもの。1万人近く社員がいるので、社内でこうした動きを広げれば、面白い知見が見つかるのではないか。現在、人事部にお願いして検討を進めてもらっている。
結局のところ、物理的なコミュニケーションには制限がどうしても付きまとう。しかし、オンラインであれば1000人、2000人とコミュニケーションが取れてしまう。会議もそうで、会議室のキャパシティーによって20人しか集まれなかったのが、オンラインであれば200人でもできてしまう。リモートにキャパシティーは関係ない。
私は91人のギグパートナーとコミュニケーションを取っているが、リアルに集まってもらってやるのはもはや現実的ではない。オンライン会議ツールを駆使することによって、コミュニケーション量はとてつもなく増える。
通常の採用活動ではどうしても一貫性を持った採用になってしまう。そうすると、どんなに社内だけで多様性を担保しようとしても限界がある。これまで外部のコンサルタントを雇ったり、ユーザーインタビューをしたりしたが、この制度を使えばこんなにも簡単に高度で適切なビジネス面でのアドバイスをいただけるということに気づいた。
インプットの多さでアウトプットが決まる
多様性にそこまでこだわるのはなぜか。
我々みたいに何千万人に対してサービスを提供したい、提供していこうという会社からすると、結局のところインプットの多さでアウトプットが決まる。普段やり取りしている人たちからのインプットには、当然、限界がある。そういう枠をどう超えていくかというのは常に意識している。
社内と社外の人間でも違う。社員だと言いたいことが言えないということはどうしても出てくるだろう。社外の人は言いたい放題(笑)。我々にとって聞こえのいい情報しか入ってこない状態をいかに回避するかが重要だ。
ギグパートナー制度にトライしてみて見えてきた課題は。
たくさんの応募をいただいたが、そこから約100人に絞り込むプロセスをまずきちんとしなければならないと感じた。そして、実際に働いていただく人たちと、どのようにコミュニケーションを取るのが最もお互いにとって意味があるかということも再考の余地がある。
あとは、金額感だ。現在は月額5万円を中心にお支払いしているが、どの程度が適正なのかも手探りのまま始めた。ほとんどの方がお金目的ではなさそうで、やりがいを求めていらっしゃるようだった。
非常に手応えを感じているし、この方面でフロントランナーであり続けようというのは既に社内で決めている。雇用形態にかかわらず、良いサービスを生み出すために、良い人材とどう向き合っていくべきか。これを感じるいいきっかけとなった。
これから先、新しい働き方を考えると「副業」の「副」は「主」になっていくんだろうと思う。一人が10カ所、20カ所で働くようになる中で、ヤフーはそのうちの1社でいい。正社員でなければプロジェクトに参加できないという枠組みはもうこの先ないだろう。
企業に対するロイヤルティー(忠誠心)に対して危惧はないか。
心理学的な側面で考えると、面と向かって話をするというのは、人間関係上絶対に有益だ。一緒に飯を食う、同じ釜の飯を食うというのは絶対にあったほうがより良いに決まっている。
その前提の上で考えると、結局のところこういう世の中になったとき、土地、時間、性別、年齢に縛られて特定の人だけを雇用し続け、その人たちだけでサービスや会社をつくっていくというのは自分たちで制限を課しているように感じている。
我々の目的は良いサービスをつくることだ。最適なチーム編成をするために、いかに制限を外せるかを考えるべきだ。そのためにも、特定の領域で卓越した才能を持つ人に対して、転職をお願いするよりも、その人の力をすぐに借りたほうがいい。人間関係、物理的なつながりよりも、今志向している方向性のほうがメリットがありそうだと感じた。
私自身、過去、数多くの新規事業を手がけてきた。その経験から見えてきたのは、企業体を意識しすぎると本末転倒であるということだ。良いサービスをつくるためのプロジェクトで募った仲間は、オンラインだろうが、オフラインだろうが関係なく、志が一緒だ。これは極めて結びつきが強い。
ギグパートナー制度も同様で、ヤフーがもうかるために集まってもらったわけではない。より良いサービスをつくるために参加していただいている。会社そのものではなく、会社が生み出すプロダクトやサービスに対するロイヤルティーをどうつくっていくかが重要だと考えている。
良いサービスをつくり上げようとしているプロセス、そして良いサービスをつくり上げたときにロイヤルティーが醸成される。QR決済サービス「PayPay」が代表例だろう。つくり上げた人たちは場所や国籍に関係なく、皆、自分がつくり上げたという自負を持っている。
進化の過程にいかに巻き込んでいくかが重要。これまでのヤフーは、既に運用レベルに落ちているサービスが多かったが、新たなサービスを立ち上げたり、M&A(合併・買収)したりといった取り組みを積極的に仕掛け、その過程において生み出されるロイヤルティーこそ大事にしていかなければならない。
経営サイドに突如生まれたオプション
今後、ヤフーにとしては物理的なオフィスをどうしていくのか。
そもそも家でなくオフィスで働きたいという人もいるし、情報のセキュリティーの観点からオフィスで働かざるを得ない職種の人たちもいる。そのためにも物理的なオフィスは一定程度は必要だ。
いずれは解消されると思うが、リモートワークではシステム的な問題もありブレスト会議で「わいわいがやがや」できないし、表情がつかみづらい部分もある。新入社員や中途社員などの集合研修なども、人間関係の構築を考えると現時点ではリアルのほうがいい部分が確かにある。
だが、10年後、20年後は分からない。今後、物理的なオフィスは狭まることはあっても、広がることはないだろう。どのくらいが果たして適正なサイズかを話し合っているところだ。一つ、確実に言えるのはこれから人を採用する上で「オフィスの都合で増やせない」ということがなくなったことだ。関東圏や関西圏といったエリアを区切った採用も一切不要になる。基本的にはどこにいようがかまわないからだ。
極論で言えば、会社に来たくないという人向けの給与体系と雇用形態をつくれば、本当にオフィスのキャパシティーを考える必要はなくなる。そうすると、この3カ月だけ300人を雇用するといった極めて高い柔軟性が生まれる。経営サイドから見ると、一気にオプションが増えたといえる。
会議室中心にする、リモートワーク専用のボックス型の席を増やすといった、ニューノーマルのオフィスの使い方を今後考えていかなければならない。
新型コロナはいまだ収束が見えない。長期間にわたってコロナと付き合っていかなければならないかもしれない。コロナ禍で必要とされる人材像についてどう考えるか。
現状維持のバイアスにいかにとらわれず、新しい状態を真正面から受け入れられるかどうか。決して3歩先じゃなくてもよくて、0.5歩でいい。直面した現象に対して、その前提で考えられるかどうかが重要だ。
これはインターネットが登場したときもそうだし、スマートフォンが出てきたときもそうだった。コロナ禍は皆にとってネガティブな事象だが、ポジティブであろうが、ネガティブであろうが、これらの事象を通じて変化、もしくは変化するであろう社会を真正面から受け止め、従前の常識にとらわれずに新たな常識にのっとって考えられるかどうか。
あくまでも私感だが、9割以上の人は対応できていない。インターネットのときもそうだったし、スマホのときもそうだった。押し寄せる変化に打ち勝とうと、元に戻るほうに頑張ってしまう。「これが当たり前になるんだ」と頭を切り替えて、新しい常識を自分にセットできる人材は少ない。
こうした意味でも、ギグパートナー制度に申し込んでいただいた人たちは本当に感度が高いと考えている。
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