自動運転用半導体メーカーのモービルアイを米インテルに約1兆7000億円で売却し、イスラエルのスタートアップ界の「伝説」となったヘブライ大学のアムノン・シャシュア教授。彼は今、新たなプロジェクトに注力している。2010年に立ち上げ、会長兼CTO(最高技術責任者)を務めるヘルスケア企業のオーカム(OrCam)だ。なぜ、ヘルスケアなのか。シャシュア教授はおもむろに話し始めた。

「自動運転とヘルスケアは根っこの部分で共通している。周辺環境を画像で認識し、AIを使って分析。運転や視認など人の行動をアシストするからだ」
オーカムが開発するのは、視力が弱い人をアシストする眼鏡装着型デバイスだ。上の写真のように、眼鏡のフレームにカメラ内蔵機器を取り付け、書籍を見ながら文章を指さす。すると、その部分を音声で読み上げてくれる。目の前の人を画像認識し、誰なのかを音声で教えてくれる機能もある。

視覚障害者は世界で2億人以上いるとされ、潜在市場は膨大だ。オーカムは既に100億円超を調達し、世界20カ国以上で製品販売に乗り出している。だが、開発するのは眼鏡装着型だけではない。シャシュア教授は右手をおもむろに胸元の機器に近づけた。
「私の胸元も見て欲しい。この小さな黒いデバイスであなたの顔と会話を記憶し、自動的にスマホ上で行動履歴を作成している。従来のメガネ装着型機器はネットに接続している間の行動履歴しか収集できなかったが、2019年から本格販売するこのデバイスでは、ほぼ全ての行動を把握できる。うまくいかなかったグーグルグラスとは役割が違う」
パーティーなど不特定多数が集まる場所では、関係ない人同士の会話を遮断。自分と話している人との会話だけを収集するよう設計しているという。プライバシーに配慮して、機器で収集する履歴データはクラウド上にアップロードしないという。
「収益モデルは模索中だが、基本的には製品販売で稼いでいきたい。補聴器としても使えるだろう。画像認識技術とAIで相手の唇の動きを読み取れれば、聴覚障害者もアシストできるはずだ。AIの可能性を最も引き出せるのは医療ヘルスケアの分野だろう」
シャシュア教授はヘルスケア分野で「画期的な製品、サービスを開発したい」と強調した。この領域では、独自の診察デバイスで世界展開を加速するイスラエルのタイトケア(TytoCare)や、内視鏡画像の解析に強みを持つ日本のAIメディカルサービス(東京・豊島)など有望なスタートアップがひしめき合う。先端技術を実地で応用するスピードが勝負の鍵を握りそうだ。
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