日本や中国、インド、ASEANなど16カ国が参加する世界最大の自由貿易協定、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の首脳会合が4日、バンコクで開かれた。昨年シンガポールで開かれた首脳会合で、各国は今年にも妥結することで一致していたが、この目標は達成されず妥結は来年に持ち越された。
しかも会合後に出された共同声明では「インドが未解決の重要な問題を抱えており、インドの最終決定は、これらの問題を十分に解決できるかにかかっている」とし、2020年の署名を目指すのは全参加国ではなくインドを除く15カ国であることも示された。さらにインド外務省の会見では、同国がRCEPに参加しない考えであることも明らかになった。声明では「全参加国は(インドの課題に対し)十分に満足できる形で解決することに協力する」とあるが、インドが今後、RCEP交渉に参加し続けるかどうかは極めて不透明になった。

インドは、関税の撤廃により中国を中心とした各国から安価な製品が国内に流れ込み、国内産業が圧迫され、貿易赤字の拡大に歯止めがかからなくなるという強い懸念を何度も表明してきた。今年の会合でも結局その懸念は払拭できず、頑な姿勢がさらに強まり、ついに離脱を表明するまでに至ったようだ。
中国やRCEP主要国との貿易で、インドは既に莫大な赤字を抱えている。同国商工省が発表した2019年4〜8月の輸出入統計によると、中国(香港含む)との間の貿易赤字は252億ドルに上る。加えて、韓国との貿易では52億ドル、インドネシアは43億ドル、オーストラリア36億ドル、日本35億ドル、マレーシア19億ドル、シンガポール16億ドル、ベトナム15億ドル、タイ14億ドルの赤字と、RCEP主要国との貿易で軒並みインドは大幅な輸入超過の状態を強いられていることがわかる。
RCEPが発効すれば赤字額はさらに膨らむかもしれない。その懸念は杞憂(きゆう)とはいえない。巨大な内需を抱えるインドは各国の輸出産業にとっては垂涎の的であり「RCEPで市場が開かれれば、アジア各国の製造拠点から電気、通信関連機器や自動車部品など様々な製品が流れ込むだろう」(東南アジアの物流大手)という見方があるからだ。さらに米中貿易戦争が安価な製品の流入を加速させる可能性もある。たとえばベトナムでは米中貿易戦争のあおりを受けて行き場がなくなったと見られる鉄鋼製品が中国から流れ込んでいる。
仮にRCEPによる関税撤廃で中国などから安価な製品が実際に押し寄せた場合、貿易赤字の拡大や国内産業の圧迫について不満の声が高まるのは確かだ。インドは製造業を国内で拡大させることを目指す振興策「Make in India(メーク・イン・インディア)」を掲げているが、これが軌道に乗る前に、中国を中心とするアジアの製品に市場が席巻するのを許せば、計画は絵に描いた餅となってしまう。
「『メーク・イン・インディア』は『バイ・フロム・チャイナ』になった。RCEPはインドの経済を破壊する」。首脳会合が開かれる直前、インド最大野党である国民会議派のラフル・ガンジー・元総裁はツイッターでこうRCEPを批判した。現地紙によれば、こうした見方をする議員は与党にも多くいる。しかもインドは今、不良債権問題を契機とした経済の低迷に直面している。経済改革派として知られるモディ首相としても、このタイミングでRCEPを受け入れることは難しかったと見られる。
一方、今年度は海外からの直接投資が前年に比べ増加傾向にある。つまり現状では大きな痛みを伴う関税撤廃に踏み込むよりも、参入障壁を維持したまま、インドの巨大な市場を目当てに生産拠点を移す企業を受け入れた方が得策との判断が働いた可能性もある。
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