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 M&A(合併・買収)交渉をしていることが明らかになったとき、買われる企業の株価が一定のプレミアム(上乗せ分)を期待され上昇するのは世の中の常だ。しかしそれも「程度もの」かもしれない。期待が膨らみ、株価が高くなり過ぎれば、買収交渉そのものに影響を与えかねない。そう懸念される事態が足元で相次いでいる。

投資家の期待が膨らめば、株価は高くなるが……(写真:AP/アフロ)

 代表例が、日立製作所によって売却入札にかけられている上場子会社、日立化成だろう。日立が日立化成を売却するという報道は今年の春頃から出始めた。それ以前の日立化成の株価は品質不正問題の影響もあり、2000円を割り込んでいた。だが日立による売却報道がなされた後はここまでほぼ一本調子で上昇を続け、足元では3600円前後で推移している。上昇率は2倍に迫る勢いだ。

 市場は買い手が相応のプレミアムを付けて応札すると期待して買い上がってきたのだが、それにしても2倍近いプレミアムはそうそう付くものではない。とはいえここまではまだ想定の範囲内ともいえる。問題はここからだ。

 日立化成は10月28日に業績の下方修正を発表した。2020年3月期の連結純利益(国際会計基準)の見通しをそれまでの8%増から23%減と一転減益予想に変えたのだ。にもかかわらず翌日の株価は1%高。下方修正を嫌気する売りもあるのだろうが、「プレミアム期待の買いにかき消されている」(国内大手証券)。

 こうした市場の期待はさておき、買収を考えている当事者にとっては大きな問題が発生しているようだ。交渉関係者によると、数多くの応札者の中から今は投資ファンド2陣営、事業会社2社の計4陣営にまで買収候補は絞り込まれたとされる。次の入札は11月中旬に設定されているもよう。4陣営は当然、次の入札で改めて買収価格を提示するわけだが、今回の下方修正により日立化成の稼ぐ力、つまり企業価値は従来よりも低く見積もらざるを得ない。それが買収者の共通認識だ。ところが株価が全く下落しないものだから、下手をすればディスカウントTOB(株式公開買い付け)になりかねないというのだ。

 ディスカウントTOBとは株価よりも低い価格でTOBをかけること。つまりプレミアムの逆だ。ある外資系証券会社のアナリストは、今回の下方修正を受けて日立化成の目標株価を2270円と設定した。このあたりが適正な企業価値と仮定すると約6割のプレミアムを付けてやっと足元の株価に届く水準だ。M&Aでのプレミアムは一般的に2~4割あたりが最も多いとされる。現状では相当なプレミアムを付けないとディスカウントTOBになりかねないということになる。

 しかし現実にはディスカウントTOBの事例は数少ない。当然ながら株式市場、投資家からは不平不満が出るため「今後のレピュテーション(評判)に響く」(投資ファンド幹部)として、買い手もなかなかこの荒業は繰り出しにくいのだ。今の日立化成の状況は、株価が高すぎるためフェアバリューで買収しにくい状況ともいえる。

 今回の交渉に携わっているある証券会社関係者は「このままだと高値つかみを避けたいファンドが交渉から離脱する可能性、もしくは想定より低い価格を提示された日立が交渉を延期、破談させる可能性が出てきた」と指摘する。市場の買収期待による株価上昇が、そもそもの買収交渉を破談に追い込みかねないリスクが出てきたというのだ。

 少し形は違うが、ユニゾホールディングス(HD)を巡るTOB合戦も似たような状況だろう。今夏にエイチ・アイ・エス(HIS)による敵対的TOB(1株3100円)で幕を開けたユニゾ争奪戦は、米投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グループによる対抗TOB(同4000円)、そして米投資ファンド、ブラックストーン・グループによる1株5000円でのTOB提案と広がりをみせてきた。

 しかし実際のユニゾの株価は「もっと高値の買収者が出てくるに違いない」という思惑から常にHISやフォートレスのTOB価格を上回り続け、HISのTOBは失敗、フォートレスもこのままでは失敗するため期限延長を繰り返して様子を見ている。株価はここ1週間でようやく下落基調になってきたとはいえ、これまではブラックストーン提案の5000円すら上回ってきた(1日終値は5020円)。

 M&A交渉中の案件が世の中に明らかになると、プレミアムが未確定の中、思惑や期待で株価が上昇するのは仕方ないことだろう。しかし難しいのはその塩梅(あんばい)だ。株価が上がり過ぎた故にM&A案件そのものがブレイクしてしまっては元も子もないからだ。実際、海外の一部機関投資家は日立化成の株をもう売り始めているという。「日立化成の下方修正直後に売り注文が来た。プレミアム狙いはもう危険、ここで利益確定しておこうという、ディールブレイクに備えたヘッジかもしれない」(外資系証券)。

 一般的にM&Aのプレミアム期待で株価がつり上がる局面においては「株主の顔ぶれが弱気主体から強気主体に代わってくる」(大和総研の鈴木裕・政策調査部副部長)という。つまり企業価値がもっと上がると思っている投資家が今の日立化成の株主の多数派になってきているということだ。下方修正という現実に投資家はどう折り合いをつけるのか。そして買収候補者たちは、どの程度の株価水準なら許容するのか。様々な思惑が絡み合いながらディールは最終局面に向かっていくことになる。

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